物語の続きを

□第二章
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言いながらソフィが急に自分を向いたので、ダージュは二つ目のスコーンに伸ばしていた手をピタリと止めた。



「吸血鬼、かあ。確かに、私はそういうこと言われても仕方ないかもしれないわね。私、ミディアム・レアのお肉好きだし」

「……そういう問題なのか?」

「お言葉ですがソフィエル様、貴女がミディアムですと肉を噛み切れないことは、わたくしめしか存じません」

「あ、そっか」



慣れた対応のグラヴェルとあっさりと納得したソフィを見、内容は違えどいつも同じようなやり取りをしているのであろう事が簡単に想像できた。

意味もなく可笑しくて小さく笑ってから、けれど噂を思い出して、聞く。

それは今まで聞いてきた中でも、一番現実的で不思議に思っていたことだ。



「でもさ、どうしてこんな時間に起きてるんだ? それを言ったら今の俺もだけど……ここ、いつも明かりが消えないって聞くよ」



この大きな屋敷で、こんなにも美味しく紅茶を淹れ香ばしくスコーンを焼く使用人がいるのに、蝋燭に火をつけたまま寝ているとは考えにくい。

廊下のクモの巣や外の壁の蔦はグラヴェル一人では処理しきれないことはわかるが、それとはまた話が違う。

しかしダージュは本人に聞こうとして目線を移し、慌てた。



「す、すみません。何か俺、悪いこと言いましたか……?」



グラヴェルの表情には、緊張と動揺、その2つが複雑に交じり合って浮かんでいた。



「いいえ……ですが、それは……」



けれどもグラヴェルがその問いに答える前に、すっとソフィエルの腕が客と使用人の間を遮る。

グラヴェルにその先を言わせないようにするためにも、ダージュにこれ以上謝らせないようにするためにも、その仕草は見えた。



「いいの、グラヴェルさん。本当のことだもの、私が話すわ」



笑う時には砂糖とミルクを混ぜたように甘い色を含む瞳が、真剣な光を帯びる。



「あのね、ダージュ君……実は私……」



その雰囲気に呑まれたように、ダージュはごくりと唾を呑んだ。ふ、とそよ風のように微かな息を吐いて、ソフィは口を開く。















「吸血鬼の魔女に呪いをかけられて夜でないと生活できない体に……」

「意味がわかりません」















すぱっと言ってやるとソフィは「おかしいな」とでも言いたそうに首を傾げた。



「あれ、臨場感出てなかった?」

「それはともかく、吸血鬼か魔女か、欲張らないでどっちかにした方がいいと思うぞ」

「だって吸血鬼じゃ呪いかけられないでしょ」



はあ、と大きな溜息が隠しようもなく出た。一瞬本気で何かと思ったら、天使のような吸血鬼の、小悪魔な悪戯。

けれどもその後、胸の奥がくすぐったいような気がして思わずふっと笑ってしまう。

くだらない冗談で困らされてはいるけれど、ソフィが楽しそうなのが、何よりどこか嬉しくて。



「ふふ……グラヴェルさんもダージュ君も、からかい甲斐があるなあ。照れ屋さんだから尚更ね」



言い返せないグラヴェルとダージュの前で、ソフィはテーブルの上の紅茶のカップに手を添えた――が。



「うーん、この支配感が堪らないわあ。っと――あ、あらあら」



それを持ち上げようとした途端に気の抜けるような声を上げて、カップをつるんと落とした。

かちゃんと乾いた音をたててカップは真っ二つになり、真っ白なテーブルクロスがじわじわ紅く染まっていく。

ダージュはさっと立ち上がった。



「大丈夫か?」

「ええ、スコーンにはかかってないわ」



自分自身も安心したようにダージュの言葉にずれた返事をして、ソフィはイスに座ったまま床に落ちたカップに手を伸ばす。



「でも、勿体無いことしちゃったわね……」



けれどその手が割れた側面に触れる前に、グラヴェルがさっと屈みこんでカップの上に素早く右手を翳した。



「そのようなことを、主人にさせるわけには参りません。紅茶もお注ぎしますからソフィエル様は是非スコーンをお食べになりながら、座って、お待ちください」

「……はぁい」



ダージュから見ても「座って」の部分に有無を言わせぬ力が入っていたことは確かであって、ソフィは叱られた子犬のようにしゅんとしてイスに小さく座りなおした。

ここぞとばかりにダージュは突付く。



「支配感が……なんだったっけ?」

「あら? 私、そんなこと言ってたかしら」

「言ってたね」

「言ってないもん」



ソフィはグラヴェルに言われたとおりにスコーンに手を伸ばして、両手の指先でしっかり掴むとプレーンのままさくさくと齧った。

けれどもダージュがじぃっと自分を見ていることに気付いて、観念したようにふぅっと溜息を吐く。



「わかったわよ……認める。認めるわ。確かに私は不器用よ。カップを持てば落とすし、お裁縫をすれば指を刺すし、絨毯の上を歩けば躓くの。ドアに服を挟まれるし、階段を駆け上がれば転ぶし、ジャムは瓶ごとパンに落とすのよ」



どうしてかなあ、と本当に困ったように頬に片手を当ててまた溜息。

それはそれでなかなかに可憐で、言った内容と少々アンバランスだった。



「それって――不器用なんじゃなくてドジなんじゃないか?」



クロスを取り替えながらグラヴェルが小さく小さく吹き出す気配を感じ、ソフィが薄い赤色のジャムをスコーンに塗った体勢で衝撃を受けた表情になる。

けれどコホンととってつけたような咳払いをしてから、膨れた子供のようにダージュを睨んだ。



「もう、ダージュ君ったら。ドジなんじゃないの。不器用なの」

「ドジだろ」

「ドジじゃありません」

「ドジな人はドジだって認めたりしないと思うけど」

「なら、本当にドジじゃなかったらなんて答えたらいいの」

「紅茶のカップを落とさないことだな。自称不器用なソフィエル様?」

「うぅっ」



復讐を果たして頬張ったスコーンは、ソフィの使ったジャムをつけていないのに甘かった。



「でもさ、吸血鬼の魔女はともかくとして、出掛けたりとかしないのか? だからそんなに色白なんだろ」



カチャンとグラヴェルの持ったポットの注ぎ口が、ソフィの二つ目のカップの縁に当たって音をたてた。

スコーンをくわえたままソフィはぽかんとする。



「私、毎日ちゃんと外に出てるわよ? 町でグラヴェルさんしか見かけないからって、私が引きこもりだとは限らないでしょ? 色白は……褒め言葉として受け取っておこうかなぁ」



くすり、と笑って唇の端に付いたジャムを拭った指を舐める仕草が、艶やかに月夜に浮かび上がった。

どきりとする。



「す、好きにすればいいだろ」

「はーい」
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