物語の続きを

□第一章
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「……なあ、本当にやるのかよ」










ひそり、誰もが寝静まる時間帯の暗闇に、微かに投げ出される少年のぼやき。その表情のまま茶色の髪に引っかかった枯葉を指摘んで地面に落とす。

少年の前を歩く長い赤毛を左右の肩の上で三つ編みにした少女が、猫のように目を細めた。ズボンに重ねてはいたスカートが、まるで猫の背中のように滑らかに動く。



「なによ、ダージュ。もしかして怖いの? 男のくせに」



ダージュと呼ばれた少年は不本意そうに眉を顰めた。



「違うって。俺がそういうの興味ないこと、リリスが一番よく知ってるだろ?」



ダージュとリリスが今足音を潜めて進んでいるのは、二人の住む町のはずれにある、古い屋敷を囲うレンガの塀の周り。

リリスはやれやれ、と肩を竦めた。



「まあ……十六歳にしておじさん並に精神年齢老けちゃってるからねえ、あたしの幼馴染君は」



失礼な、とダージュは返す。

そんな二人は今、子供と子供だった時代がある者であれば一度は経験しているはずの、『たから探し』の真っ最中だった。

夜風の冷たさにくしゃみをひとつかましてから、ダージュはぼやくようにぼそりと言う。



「お前こそ、六歳の子供でもないくせに、こんな噂信じてるのか?」

「し、信じてないわ! 信じてないからあんたを派遣するのよ!」

「……もしかしてお前、怖い?」

「こ、怖くない! 怖くないに決まってるでしょう!」

「……なるほど」



虚勢と共に膨らみの発展途上な胸を張るリリス。なんだかんだいって、この町の子供は物心ついた時から頭に噂をすりこまれている。普通なら、怖くないこともない、くらいが妥当なのだ。

そう、普通なら。



「理屈はわかったが……何も俺にやらせなくても。怖くないなら、な」



ダージュとて、嫌なわけではないのだ。このように引きずり回されることなら慣れている。

だが当然、幼馴染もダージュの扱いはお手の物らしかった。



「あたし、クモもアリも嫌いなの。こんな古い屋敷に入って乙女の命である髪にクモの巣でも被ったら、どう責任取ってくれるわけ?」



はあ、と乾いた溜息を吐き出す。面倒臭い、というその気分を我慢はしない。こうなっては意見を変えさせられないことを、それこそダージュは一番良く知っていたから。

だからこそ、にやりと笑って反撃に出る。



「その乙女の命ってのは、寝起きに随分形が芸術的なんだな」

「これ以上言うとあんたを丸焼きにしてから屋敷の中に放り込むわよ。吸血鬼さんへちょっと遅いディナーにね」



血の気の多い幼馴染は、多少の身長の差を気にしない。胸倉を掴まれたダージュに残されたのは、渋々承諾することだった。その脳裏にありありと蘇るのは、過去のさまざまな思い出。

枯れた井戸の底に落ちた傷ついた小鳥を助けようとしたリリスを手助けして二人もろとも出てこられなくなったり、木の上に秘密基地を作ろうと言い出したリリスの手伝いをしていたら枝が折れて真っ逆さまに藁の山に落ちたり、珍しい香草を探そうとしたリリスについていったら帰り道がわからなくなったり。

ある一時期は成長期の違いでか自分より高かった身長も今では逆転して小さな背中、のはずなのに、自分よりずっと逞しく感じるのは何も変わらず。昔からこの背中を引きずられながら追いかけていたような気がする。

ダージュはそんな背中に着いてきて屋敷の正面から見た時に右側に当たる位置に到着し、せめてもの足掻きに文句を呟いた。



「ったく……なんでそんなに確かめたがるかなあ、こんなこと」

「だってあたしこの国出身じゃないから、本当のこと知らないんだもの」

「この国出身じゃないって言っても、物心ついたときには俺と一緒に畑ほじくってたろ。本当のことなんて、俺だって知らないし」

「そこはほら、知らないことに対する興味が、あんたは薄すぎるからいけないのよ。人並み以下の好奇心ね」

「……」



人並み以下、その言葉に一瞬息を止めてから、溜息で吐き出す。

胸に残ったちくりとした痛みは、唾と一緒に飲み込んだ。



「はいはい、行けばいいんでしょう行けば」

「わかればいいのよ」



屋敷は手入れが行き届いていないらしく喰らわれるように七割を蔦に覆われていて、それは塀も同じ。

その中で唯一人間の体重を支えきる形と太さを兼ね備えた蔦が、一箇所、つまりここだけにぶらさがっているのだ。

それを見つけたのは、他でもない人並み以上の好奇心を持ったリリスで。



「上手くやりなさいよー」

「仰せのままに、お姫様」

「うん、苦しゅうないわ」



腰に拳を当てて自分を見上げているリリスに、自分はいつ勝てるようになるのだろうと、ダージュは蔦で塀を登りながら肩を落とした。



「あ、ちなみに」

「ん?」

「あたしはもう帰るから。狼が出たら危ないからね」



ずり、と塀を足ひとつ分ずり落ちて、けれど反撃の言葉はもうすでに出ない。

手を振り振り去っていく赤毛の少女を、ダージュはしばらくその体勢のままで、恨みがましそうに見送った。








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