物語の続きを

□第六章
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「よう、リリス」

「あ、ダージュ。こんにちは。今日は寝坊しなかったんだ?」



リリスの家の前、箒でバサバサと枯葉を掃き飛ばしていた親孝行な幼馴染に、ダージュは家から持ってきた草の蔓のカゴを差し出した。

そろそろ本格的に冬の訪れを感じるぴんと冷えた空気に、動きの一つ一つが妙にクリアに感じる。



「もともと俺は、寝起きはいい方だと自負してるが。今までこんな夕方まで寝てたことなんか一度も無いぞ」

「ふふ、そうだったかもね」



ダージュの家では、数はそう多くないが鶏を飼っている。毎日毎食に出すための卵と、時と場合により鶏肉の確保のために。

その卵を、いつもリリスの父親が仕入れてきたものを普通より安く売ってくれるお礼として、たまにこうして差し入れしているのだ。



「これが今日の分。あと母さんから……と、ついでに俺から、お大事にって」

「うん……ありがとう」



カゴの中の卵によりも伝言に、リリスはどこか泣きそうな表情で笑った。

常に強気なこの少女も、心が弱る時があるのかもしれないと、少しだけ思う。

思えば、いつも引きずり回されてこそいるが、リリスも結局は父親が病気の、普通の一人の少女なのだ。

守られて然るべきの、ただの一人の――



「あ、そうそう、そういえばあのお屋敷のせっかく見つけた侵入用の蔦、ばれたみたいでバッサリ切り取られちゃってたのよ! 酷いわよね、人がせっかく苦労して見つけたのに」

「……前言撤回」



この素早い仕事は間違いなくグラヴェルだろう。

そうでなければ、見つけたソフィがのぼってみようとして誤って千切ったかのどちらかだ。



「というか、前にもう追いかけるのやめるとか言ってなかったか……?」

「ま、失礼ねえ。これはただの確認よ。あたしの他にもあの蔦を見つけちゃう人がいるかもしれないでしょ」

「じゃあなんでせっかく苦労して見つけたのにとか言って……いや、なんでもありません」



リリスがにこりと可愛らしい笑みを浮かべ掃除に使うはずの箒を持つ手にきゅっと力を込めたのがわかったので、ダージュはこれ以上の追及を諦めた。

これ以上何か言えば、どんな目に遭わされるかわかったものではない。

その怯えを感じ取ってくれたのか、ふっと笑みを別の形に変えて、リリスはぽんとダージュの腕を叩いた。



「じゃ、せっかくこうして来てくれたわけだから、お礼に一緒にお出掛けする機会をあげるわ」

「え?」

「今日ね、どこかの国の商人さんが来てるんだって。一緒に見に行かない? 何かいいものを持ってきてくれたかもよ」



箒を家の壁に立てかけて、卵の入ったカゴを両手で持ち上目遣いにダージュを見上げてリリスは言う。

この町にはたまに、他の町や国からこの町では手に入らないものを馬車の荷台に積んで商人がやってくることがある。

それがこの町から買出しに行くリリスの父親たちでは間に合わない部分を補ってくれるのだ。

その商人が来ているのが今日なのだという。

しかしダージュは、けれどさ、とあまり乗り気ではなく答えた。



「いいものを持って来てたって、買う金がなかったらどうしようもないだろ?」



だがリリスはその答えを予想したという雰囲気を滲ませて、芝居がかった溜息を吐く。

やれやれ、と肩まで竦めて。



「だからあんたはおじさんなのよ。あのね、そういうのは別に買わなくてもいいの。ただ、珍しいものを見て、へえこんなのがあるんだあ、って思うだけでいいのよ。そういうのが少しずつ、心の勉強になるの」

「……それは……」

「ね? それだけで充分なのよ。それだけでも楽しいものなんだから」



ふと思った。

幼馴染なのに、むしろ幼馴染だからか、今までは気付かなかった。

ソフィに負けず劣らず――リリスもよく笑う少女であるということに。

そして、二人はどこか、似ているのではないかということに。

ただしそっくりかと聞かれたら、それは違うと答える。

例えるなら――ソフィの浮かべる笑みから月の音色が聴こえるなら、リリスの笑顔はお日様の香りがする。

そういった点では逆とも言えるのだ。

けれど、どこか。

言葉にはできないし思考の中でも掴めていないけれど、どこかが二人は、似ているような気がした。

――それにしても。



「それは……冷やかしというのでは」

「うーん、聞こえないなあ」



悪戯っぽく舌を出して笑ったリリスに、つられるようにしてダージュも、いつの間にか軽く微笑んでいた。










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