物語の続きを
□第五章
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さわり、さわり、赤い絨毯は草を踏むような音で三人を目的の場所へと導く。
先頭をグラヴェル、中にソフィ、最後尾にダージュの順。
壁にかけられた燭台の蝋燭は、この道をよく通るものであることを何より表して短く縮んでいた。
それにグラヴェルが、ひとつ、ひとつ、火を灯しながらゆっくりと進んでいく。
ソフィが歩きながら少しだけダージュを振り向いて、そっと教えてくれる。
「私ね、実はあまり、暗いところが得意じゃないの。だからお金がかかるのも構わずに、グラヴェルさんが私の通る道は蝋燭に火をいつもつけていてくれるのよ。ただこの道だけは特別で、通る時だけ、明かりを灯すの」
「へえ……だから夜に明かりが消えないのか。水飲みに出て階段を転がり落ちたら、洒落にならないもんな」
「違うわよ、ひどいなあ。そっちの意味じゃないの」
「はは、わかってるよ」
「もう、ダージュ君の馬鹿。わかってたら言わないのがレディに対するたしなみよ」
ぷーっと頬を膨らませる自称レディ。つんとして前を向く。
しんと静まり返った廊下にクスリと微かにグラヴェルが笑った気配を感じて、それから再び、さわり、さわりと足音だけが空気に混じる。
――それにしても、広いな。
ダージュは天井を見上げて口の中だけで呟いた。外から眺めるだけではなく、こうして歩いてみて改めてわかる、この屋敷の大きさ。グラヴェル一人、ソフィが手伝ったとしても、とても簡単に掃除できる広さではない。
初めて忍び込んだ時から気付いていた、所々にクモが勝手に家を作っていたり、絨毯が踏めば微かな埃を吐き出したりは、仕方のないことなのだ。
けれどダージュは問いに、どうして、はあまり多用しないことに決めた。どうしてここにソフィとグラヴェル二人きりで住んでいるのか、それは二人といて楽しいこととは関係がないのだから。
現にここまで無知なのに、こうして他愛のないことを話しているだけで、どうしてかひどく心が安らぐ。
ひどく、ひどく。
「――ダージュ殿、到着いたしました。こちらへどうぞ」
「え? あ……どうも」
急に声をかけられて、ダージュははっとして慌てて返事をした。
絨毯を見ていた目を上げると、グラヴェルが木の扉の前に控えるようにして立っている。ソフィが隣に並んだ。
おかしいな、とやはり口の中だけで呟く。
この赤い道が、どこまでも続いていくような気がしていたのに。
「それじゃあグラヴェルさん――開けて」
「はい」
扉が纏っていた錠のような空気にソフィの言葉が鍵を差し込んで、扉が、ギィ……と微かに軋みながら、ゆっくりと開かれる。
薄暗い廊下に月明かりの色をした筋が一本通って、少しずつ幅を増していった。涼しい風が廊下に吹き込んで、ソフィの髪を緩くなぶる。
そして。
「――お……」
思わず目を見張って声を上げる。
まず目に飛び込んできたのは、一面の紅い色だった。
赤い香りが扉の向こうには満ちている。
「ほら入って。眺めてるだけじゃ、何も掴めないよ」
ソフィは、出て、とは言わなかった。
まるでここが部屋であるかのように、入って、と言った。
ソフィに背を押されて足を踏み入れたのは、先程までいたテラス同じように石のタイルを敷かれた、丸い形の庭。
出入り口はここだけらしく、ぽっかりと空が抜けている。
庭の中には四方向にだけ通路という切込みを入れた円形の花壇。
その花壇には、溢れるように赤が咲き誇っていた。
圧倒的な景色に、呟くようになんとか問う。
「これは……バラ、か?」
「ええ、当たり。見るのは初めて?」
「いや……前に一度、どこかの町から来た商人がバラも積んできたことがあったが……」
一歩だけ、庭に自ら踏み出す。
威圧的とさえいえるほどの赤色に飲み込まれそうになる。
背後でグラヴェルが扉を閉める、パタンという静かな音が聞こえた。
情熱的なその色と相反するように、空気はぴんと張り詰めるように冷たい。
過去にリリスに花摘みに連れて行かれたことは多々あったが、この季節に咲き乱れる花など、ダージュは知らなかった。
「驚くのも無理はございません、ダージュ殿。これは、冬にしか咲かない特別なバラでございますから。名を、冬にしか見られないものという意味で――スノウローズと申します」
「冬にしか、咲かない……?」
ふふ、とソフィが微笑む。
その笑みは、妖艶にさえ見えた。
「花言葉は確か――『その罪を忘れるな』」
「……」
可憐な容姿とあまりに似つかわしくない重い響きの花言葉。暖色のはずの赤い色が、一瞬だけ寒色を帯びた。
炎の如きその色彩に、似つかわしくない涼しげな名。
その名前だけを聞けば穢れなき白いバラを思い浮かべるのに。
緊張に手がじとりと汗を滲ませる。
と、その時。