ニャンコの作文
□のみくらべ
2ページ/4ページ
だが彼は声を掛けなかった。
恐らくは自分を探す黒鋼を見ながらくすくすとその瞳を綻ばせていたのだろう。
「おそかったねー」
ふにゃり、と表情を崩して笑う。
長く均整の取れた足を組み、隣で微笑む扇情的な体付きの女の肩を抱いて。
そんな彼の前にはたくさんの酒瓶やグラスが並んでいる。
「ねぇファイさん、この人知り合い〜?」
「やだぁVv すっごいカッコイー」
ファイと呼ばれた男の前に立つ黒鋼に、先程まで相手をしていた他の客をすっぽかして女達がふくよかな胸を押し付けるように、黒鋼の腕に白いしなやかな腕を絡ませる。
辺りに漂う酒の香りに女達の香水が混ざり合い、それは黒鋼の気分を更に悪くさせるには充分だ。
「俺にまとわりつくな」
「あはは、照れない照れない」
振り払うまでには行かないまでも冷たく言い放つ黒鋼と相変わらずふにゃふにゃ笑うファイ。
「さっさと帰るぞ。ガキ共がうるせぇんだよ」
黒鋼がこの酒場にやって来た理由。
それは、昼間に宿を後にしたファイを迎えにやって来たのだ。
おそらくはそこに居るはずだろうと小狼が目星を付けたまでは良いのだが…この世界で子供は酒場を始めとするそういった店に入れないらしい。
『ファイさんが…まだ帰ってこないんです』
『この街はそんなに治安が良くないそうなんですが…ファイさんは大丈夫なんでしょうか?』
『ファイ…帰って来なかったらどうしよう…。ねぇ黒鋼〜』
黒鋼としてはかなりイヤイヤだったが、うるうるとした6つの瞳(2つは糸目だったけれど)に見つめられては…いくら黒鋼としてもそのままという訳には行かなかった。
「ごめんねー、おとーさーん」
「………」
「えー"黒たん"さんって子持ちなのぉ?」
(うわぁ、機嫌わるーい。)
ピキリ、と額に青筋が浮かんだ黒鋼を眺めながらファイは少し考えた。