犬タロの作文
□夏祭り―庵Ver―
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最後の方は上手く言葉にならなかったけど、気分が良くなったのは本当だし…お祭りを楽しんで欲しいと思ったのも本当だ。
だって、このままだと何も楽しめないまま帰宅って事になってしまう。
ボクのせいで…。
「だから…あの」
「シンジ君」
しどろもどろになっているボクにカヲル君はにこっと笑い、空いているボクの手をぎゅっと握った。
「ッ、カヲル君!?」
「転んだり、はぐれたりしたら危ないからね。それに…こうしていれば怖くないだろう?」
いきなりの事にびっくりしてカヲル君を見つめるボクに、彼は微笑んだまま…僕が側に居るから…そう言って掴んだボクの手に優しくキスを落とした。
「…う、うん…」
突然の事にドキドキしながらもボクはこくり、と頷く。
きっと…カヲル君はわかっているんだと思う。
ボクが人ゴミを嫌う理由。
『人が怖い』って云うボクの弱い心を。
それでも、伝わる暖かな温もりは優しく穏やかで…。
ゆっくりと手を引かれながらボクはそっと呟いた。
「ねぇ、カヲル君…」
「何?」
「………ありがとう」
ありがとう、カヲル君。
誘ってくれて、心配してくれて…
本当に、本当に…―――
そう言うと、カヲル君は少しだけ苦笑した。
「どういたしまして」
『何事も気の持ちよう』とは良く言ったものだ。
あれから気分が悪くなることは無かった。
まあ、全部カヲル君のお陰なんだけどね…。
ボクのために出来るだけ人の少ない道を選んでくれて(この人ゴミだからあまり大差はないが)、人が多い場所ではさりげなくボクをかばってくれる。
もし通行人とぶつかってボクがよろけようものなら、すぐに支えるかのように肩や腰に回される腕。
「大丈夫?」
優しい眼差しで尋ねられる度、どうしようもない程の嬉しさが込み上げてきて…何だかくすぐったかった。
「平気。ありがとう…」
そしてまた、手を引かれて歩き出す。
それに、すっごく楽しかった。
金魚すくいなんてやるの、初めてだったし。
射的だってそう。
屋台で買い食いするのだって。
楽しくて楽しくて、この時間がずっと続けば良いのに…とさえ思った。
(来て…良かったな…)
手の中にある、一つの水風船を見つめながらボクははにかんだ。
カヲル君がとってくれた赤い水風船。
カヲル君の目と同じ色。
綺麗な綺麗な紅い色…―――