犬タロの作文

□夏祭り―庵Ver―
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たくさん人が居るけれど…やっぱり浴衣を着ている人が目立っていた。

赤や黄色、青や藍。
柄も色んなものがある。
そういうボクも浴衣を着ているんだけどね。

けれど、ボクが着ているのは女の子達の着る華やかなそれとは違う…少し古い匂いがするシンプルで深い紺色のものだ。


『今日、夏祭りに行ってもいいですか?』と尋ねたらミサトさんが(無理矢理)着せてくれたものだった。
始めは、浴衣を着るなんて記憶にある限りでは初めての事だから…少しどころかものすごく恥ずかしかった(今も慣れないけど)。

しかも、カヲル君との待ち合わせ場所に行ったら彼はGパンにYシャツと云う普通の服装をしているし…。
そんな彼の姿にボクはかなり焦った。
こんな格好して…変な奴…って思われたくなくて。
だから…すぐに帰って、着替えて来ようとも考えたんだ。


でもカヲル君は、そんなボクにふわりと微笑んで…

『可愛いよ。とても良く似合っている』
って言ってくれたんだ。


それだけで、ミサトさんにどうしようもなく『ありがとう』を言いたくなったボクははっきり言ってバカだと思う。

可愛いとか言われるの…本当はあまり好きじゃない(昔、女顔って散々からかわれたから…)。

なのに…カヲル君に言われると、何だかすごく嬉しくなる…。
重く沈んでいた心が、すっと軽くなっていくような気がするんだ。
何でなのか…よく、わからないけど。




「お待たせ」

少しぼんやりしていたボクは、頭の上から聞こえてきたその聞き慣れた声にゆっくりと顔を上げた。

「…早かったね。まだ5分も経ってないよ」

カヲル君を見上げながらそう言うと、彼は手にしていた赤いリンゴ飴を差し出しながらくすくすと笑う。

「長時間君を待たせるなんて出来ないからね。さ、どうぞ」
「…ありがと」

渡された光沢のあるそれを受け取り、ぺろりと一口舐めてみた。
柔らかな甘い味が口の中に広がっていく。


「さて、これからどうしようか?」


にこり、と微笑んだカヲル君の笑顔と声に含まれているものを感じてボクは慌てて立ち上がった。

「ぼ、ボクもう平気だよ!カヲル君はお祭り初めてなんだから、その…楽しんで欲しい…し」


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