犬タロの作文
□泡沫の旋律
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「シンジ君?」
突如黙り込んだボクに、カヲル君は不思議そうに声をかける。
しかし、ボクは返事を返すことが出来ない。
返事をしたかったけれど、声を出すと涙が溢れてしまいそうで…。
「ごめん…気に触ることを言ってしまったかな…」
「違…ッ!」
申し訳なさそうに呟かれたカヲル君の言葉をとっさに否定しようと顔を上げた瞬間、やっぱり目に溜っていた涙がポタリとこぼれた。
「…なんで、泣いてるの?」
カヲル君がベッドから起き上がってボクを見る。
暗闇の中でもわかる。
ボクを見つめるカヲル君の紅い瞳。
不思議そうに、でも真っ直ぐに、ボクをただ映してる。
あぁ…こんな風に…真っ直ぐに人に見つめられたこと、あったかな?
そんなことをぼんやり思いながら、誤魔化せないことを理解したボクは口を開く。
「嬉し…かったんだ」
そんなボクの言葉をカヲル君はただ黙って聞いていてくれる。
「好き…なんて言って貰えたの、初めてだったから。ボクは…ずっと一人だったから…カヲル君の言葉が嬉しくて…でも…悲しくて」
求めては…いけないから。
求めたら…消えてしまうから。
ボクが欲しいものは、
ボクが大切だと思うものは、
やがてどこかに消えてしまう。
やがて、ボクは壊してしまう。
ぽたぽたと流れる涙を拭いながらも泣き続けるボクにカヲル君は困ったように微笑んだ。
「君はもう少しだけ…我が侭になってもいいんじゃないかな?」
「…え?…」
未だに浮かぶ水滴に濡れた視線を彼に移したボクにカヲル君は目を細めた。
「時には、我が侭や心に眠る本心を吐き出す事も必要だよ。いいよ…全部、受け止めてあげる」
カヲル君はベッドに腰掛け、さあどうぞ?とばかりにボクを見つめる。
我が侭?
我が侭って…何…言えば良いんだろう?
カヲル君の言葉にボクは困惑して少しうつ向いた。
我が侭を言え…なんて言われたこともなかった。
父さんにも、先生にも、ミサトさんにも。
ただ人の言う事を聞いて。
ただ人の言う通りにして。
そうすれば、嫌われないですんだから。
そうすれば、一人にならなくてよかったから。
でも…カヲル君は違うのだろうか?
カヲル君は…ボクが我が侭を言っても、側にいてくれるの?
独りにしない?
嫌いにならない?
「側に…来て…?」