犬タロの作文

□泡沫の旋律
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世界が用意したシナリオは…
ただ君を傷付けるものでしかない。

それはきっと容赦なく、臆病な君を追い詰めるのだろう。

ならば…君が世界の重さに壊れてしまう、その前に…―――






全てが赤く染まったあの場所で出会ったその人は、ボクにとってただ唯一の存在になりました。

『僕はカヲル、渚カヲル』

5人目の適合者として…ボクの前に現れた彼は、初めて出会ったあの時から優しげな微笑みを称えてボクを見ていた。


友人が去った孤独感
仲間達に感じる恐怖
自分の心の弱さ…

それらはただボクを追い詰め…、深い大海の底へと誘う。
そんな中で出会った彼は…ただ穏やかで、その笑顔はボクに一時の安らぎをもたらした。

出会って、またほんの少しした経っていないのに…ボクは彼を求めた。
逃げ込むように彼の部屋を訪れたボクは、彼に色々な話をした。


ネルフに来る前のこと。
エヴァに初めて乗った時のこと。
友人を傷付けたこと。
絶対に許せるはずもない父のこと。


(本当に、なんでボクはカヲル君にこんな事を話すのかな…)

出会って間もない人に、ここまで話すなんて事なかったのに…。

話を一旦止めてふいに彼へと視線を向けると、彼はただボクを見つめていた。
少し恥ずかしくて、顔を赤くしたボクに彼はくすりと笑う。

「僕は…君に会うために生まれて来たのかも知れない…」

優しげな微笑みと共に囁くようにそう言われて…ボクの心臓はトクンと小さな音を立てた。

(なんで、カヲル君は…こんなに優しいんだろう…)

ぼんやりとそんな事を考えてしまう。

彼は、出会ってからずっと優しかった。
今まで出会ったどんな人よりも。


『好きって事さ…』


ほんの数時間前に、浴場で言われた言葉。
初めて…そんなことを言って貰えた。
初めて…握られた手を嬉しいと感じた。
触れた体温は…カヲル君は怖くなかった。

けれど、いつまで?
いつまで…この人は優しいのだろう。
信じることが出来ない心が警報を鳴らす。


信じちゃいけない。
許しちゃいけない。
この人も、いつかは父のように冷たい目でボクを見るようになるかも知れないだろう?


自然に浮かぶ嫌な考えにボクはタオルケットをぐっと引き上げた。

屈折した心に歪んだ顔を、カヲル君に見られたくなかった。
じわりと熱くなった目が少し痛い。


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