犬タロの作文
□恋の始まり
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他人なんか、絶対に好きにならない。
なりたくない。
誰かを想って生きるなんて、…辛いだけなんだ。
そう、ずっとずっと思っていた。
なのに、なのに。
「好きだよ」
にこにこ笑っている目の前の人物にボクは眉をしかめた。
「何、その顔」
不満そうなそいつに、ボクは更に嫌な顔を作る。
「…好きなんだってば」
むすっとした顔で言う彼。
同じようなむすっとした顔で彼を見つめるボク。
「好きがわからないんじゃなかったの?」
そうだ、彼は確かにそう言った。
好きがわからない。
人を好きになるって何?
そう言ったのだ、彼は。
なのに、今こいつは何を言っているんだ。
「わかったんだ。好きって何か」
「は?」
目を瞬かせたボクに、彼は目を細めた。
「君を想うと心臓が痛くなる。呼吸が苦しくなる。君が誰かと話してると、そいつを殺してやりたくなる。君が笑うと僕までなんだかふわふわした気持ちになる」
「………」
「これ、好きってことだろう?」
まるで答え合わせでもするかのように、
まるで単純な質問に答えるかのように、
柔らかな口調で尋ねてくる彼にボクの心臓が少しだけ跳ねた。
「僕は、シンジ君が好き」
ふざけるな。
ボクは君なんて嫌いだ。
言いたい言葉は、喉のすぐそこまで出掛っているのに声になってはくれない。
「…君は、僕が好き?」
嫌いだよ。
大嫌いだ。
君なんて、本当に嫌いなんだ。
なのに…声が出ない。
心臓がうるさい。
呼吸が荒れる。
なんで、なんで、なんで?
ボクは…
「シンジ君」
呼ばれて、不意に顔を上げた瞬間しまったと思った。
彼の赤い瞳がボクを映していた。
出会った頃の、あの冷たい赤じゃない。
出会った頃の、あの恐ろしい赤じゃない。
「好きだよ」
優しくて、穏やかな…紅…。
嫌だ。
嫌だ。
落ちたくない。
人を好きになんかなりたくない。
所詮一人になるだけなのに。
所詮全て無くすのに。
「君が好き」
お願いだから…
ボクをもう、惑わさないで。
恋なんて…、
したくないんだ……―――