犬タロの作文

□雨に濡れる華
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花が開く。
赤や青、白や黒、黄色や緑。
様々な花が咲いて、降り注ぐ冷たい雫石からボクらを守る。

そんな中、咲かない花を手に濡れる銀色の人を見つけた。

誰も居ない公園。
霞がかった雨の中、その瞳を閉じてまるで降り続く雨を全て受け入れるように顔を上げて。
花壇に揺れる青い紫陽花だけが、そんな彼を見守るようにひっそりと咲き誇っていた。

(綺麗…)

その光景は、まるで一枚の絵のようで…ボクは一瞬足を止めた。
ゆっくりと近付いて行くと、ボクに気付いた彼は閉じたその瞳を開いてボクの姿を映しにこりと笑う。

「やあ シンジ君」

声はいつもの彼と同じ穏やかな空気を纏っている。
なのに、その笑顔が何よりも儚くてボクは尋ねた。

「何、してるの?」

ボクの問いにその人は少し笑って、また雫石が生まれ来る空を見上げる。

「雨をね…見ていたんだ…」

どこか悲しげに返された言葉に、ボクは彼と彼を誘う空とを遮るように自分の傘を差し出した。
不思議そうにボクに視線を向けたその人にボクは少しだけ不機嫌な表情を浮かべる。

「濡れちゃうよ」

いくら夏が近いとはいえ、このまま雨に濡れていたらきっと風邪を引いてしまう。
そう呟いたボクに彼は少しだけ困ったような顔をして傘を持つボクの手を優しく包んだ。
手を握るその手は雨に濡れているからかとても冷たくて…ボクはただ包まれた自分の手を見つめる。

「ねぇ シンジ君…」

不意に名前を呼ばれて顔を上げると、彼は微笑みボクの頬をそっと撫でた。

「…抱き締めていい?」
「え」

その言葉に一瞬ボクの呼吸が止まる。
そんなボクに彼はもう一度尋ねる。

「……抱き締めていい?」

その声が
ボクを見つめるその瞳が
何処か揺れているように感じて、ボクは答えた。

「…いいよ」


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