犬タロの作文

□月と涙と…
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好きなの…貴方が好きなの。
何よりも、誰よりも。

ごめんなさい、ごめんなさい。
好きになってごめんなさい。

私なんかが…貴方を好きになって。
私なんかが…貴方の側に居て。

ごめんなさい…ごめんなさい。
本当に…ごめんなさい…―――――




「…満月…か」
すっかり日が暮れた空を仰いで、僕は一旦立ち止まった。
月灯りが強いためか…星達の瞬きは身を潜めている。
何気なく腕時計の文字盤を見ると時計の針は既に八時半を指していた。
(あぁ、早く帰らないと……)
僕は手にしていた買い物袋を持ち直し、足を早めた。


自宅のマンションのドアの前に立ち、僕は少しだけ眉をひそめた。
…鍵が開いていたからだ。
いくら今日は客が来ているとは言え最近は物騒なのだから鍵はきちんと閉めるよう、いつも言っていると云うのに。
もう一度きちんと言ってやらないといけないかな…そう考えドアノブを回し玄関に足を踏み入れると、聞き覚えのある泣き声が聞こえて来た。

「ふええぇ…」
「………シンジ…君?」
一体どうしたと言うのだろうか?
靴を脱ぎ足早にリビングへ向かおうとした瞬間、見知った顔が3つ顔を覗かせた。

「な、渚!!」
「やっと帰って来たぁ!」
「遅いわよアンタ!早く帰って来なさいよ!!」

夕飯を食べに来たクラスメイトである、鈴原君と相田君。
それからシンジ君の元ルームメイトである惣流。
彼らが『食後のデザートを買って来い』と言って僕を閉め出したくせに…ずいぶん勝手な事を言うんだな。

とにかく部屋に響き続けるその泣き声に急いでリビングを覗き込むと、床にぺたりと座り込みぽろぽろと宝石のような涙を流し続ける愛しい人の姿があった。
「えぐ、ひっく…かをるく…」
子供のように手の甲で目を擦り続ける彼は、僕の姿を見つけると更にその瞳を潤ませて幼い顔立ちを歪める。
「どうし…!!!」
急いで彼に駆け寄ろうとした所で、部屋に充満しているその香りに気が付いた。

…テーブルに散乱している空き缶達にも。

「君達…」
シンジ君にお酒を飲ませたのかい?
声に出さずに尋ねると、後ろに立つ彼らがビクリと震えたのがわかった。

「…君達がアルコールに手を出すのは勝手だけど…シンジ君まで巻き込むなんて…」
覚悟は出来ているんだよね?

微笑みを浮かべゆっくり振り返ろうとすると、涙に濡れた小さな声がそれを遮った。

「かをるくん、かをるく…」
「うわ」


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