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□夢で会えたら
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※文次郎→渡り鳥、留三郎→風見鶏(木製)という謎設定。









ある日、ある街の風見鶏の元へ一羽の渡り鳥がやってきました。



「なぁ、お前いつも風の吹く方向見てんだな」

「風見鶏なんだから当たり前だろう」

「そうか」










次の日。



「お前はずっとここにいるのか?」

「だから…風見鶏なんだから当たり前だろう」

「ずっと同じ景色ばっか見てんじゃ飽きないか?」

「…飽きはしない。ゆっくりと、時には速く変わっていくこの街を見てるのは楽しいから」

「そうか」










また次の日。



「よう」

「またお前か…」

「またとは何だ。せっかくこの街以外の話をしてやろうと思ったのに」

「別にそんな事…」

「海って知ってるか?」

「…」

「海ってのはな、でっっっっっかい水溜まりみたいなもんだ」
「でも雨水みたいなのじゃなくてしょっぱい水なんだ」
「川にいるのとは違う魚も泳いでてな…」

「そ、空と同じ青色ってのは本当か…?」

「…ああ!昼は空と同じ青色で、夕方には夕日と同じで赤くなる」

「綺麗なんだろうな…」

「綺麗だぞ。海を渡る時にうっかり落ちそうになるくらい綺麗だ」

「そうか…」

「見たいのか?」

「見たいけど…まぁ無理だろうな」

「見に行こうぜ」

「は?」

「一緒に見に行こう」

「む、無理に決まってんだろ?俺…風見鶏なんだぞ!?」

「俺が連れてってやるよ。あの山越えたらすぐに海なんだ」

「で、でも…屋根にしっかり取り付けられてるし…」

「今は無理でもあと何年かしたらその留め具もガタがくるだろ。そしたら俺がお前を屋根から引きはがして持ってってやるよ、留三郎」

「ほ、本当か!?…って、留三郎?」

「お前の足元にそう書いてあるんだよ」

「それは俺を作った奴の名前じゃないのか…?」

「知らんがお前に名前が無くちゃ呼びにくいだろうが」

「ふーん…で、お前の名前はなんだよ?」

「俺は文次郎だ」

「変な名前だな」

「喧しい!それより…今年はもう暖かい土地へ移動しなきゃいけないんだ」

「渡り鳥だもんな、お前」

「だが来年も来る!絶対来るから待ってろよ!!」

「ああ。じゃあ来年は異国の話でも聞かせてくれ」

「まかせとけ!じゃあ行って来る、留三郎!」

「ああ、待ってる。文、次郎っ」










その日から留三郎は、一日が…一年が長いと初めて思った。

そして次の年、文次郎は約束通り留三郎の元へやってきた。
海を渡る途中に嵐にあった話とか、留三郎の見たことも聞いた事も無いような異国の話を土産に。

その次の年も、そのまた次の年も…文次郎は留三郎の元へやってきた。
そして何年かが過ぎた。





「よう」

「おう、大分老けたな文次郎。あ、いや老けてたのは会った時からか」

「バカタレ!そういうお前だって大分ボロボロじゃねぇか留三郎」



二羽とも年を取っていた。
文次郎の艶のあった毛並みは見る影も無く、所々抜け毛が目立つ。
留三郎も長年風雨に晒されたおかげで色あせ、一部は欠けてしまっていた。



「そうそう、最近留具が痛んできてるみたいでな、強い風が吹くと体が浮きそうになるんだ」

「本当か!なら今年こそ…海に行くぞ!」

「ああ…」



しかしそう簡単にはいかないもので…留具が外れないまま、また文次郎が飛び立つ日がやってきた。



「ダメだったなー今年も…」

「…」

「来年は絶対いけると思うんだけどな…」

「…」

「今日出発だろ?来年また会おうぜ、文次郎」

「…行かん」

「は?」

「今年は行かん」

「はぁ!?お前…渡り鳥だろ?このまま冬になったら…死んじまうぞっ!!?」

「それでも行かん!来年になったら、お前がどっか飛ばされてて…見つかんねぇかもしれんだろ…!」

「…」



二羽ともわかっていた。
来年になったら文次郎が戻ってこないかもしれない。
来年になったら留三郎はいなくなってるかもしれない。
だからといって互いに譲らない。
行け!行かん!の口論を続けた所…日は傾き文次郎の仲間達は皆飛び立ってしまった後だった。



「これでここに残るしか無くなったな」

「アホ…」



そして季節は冬に向かっていった。










ある日の夜、冬も間近だというのに台風のような風が吹き荒れた。





(ど、どこ行った…!?)

次の日、文次郎が留三郎を訪ねると…いつもの屋根に留三郎はいなかった。
風で物が飛んできてそのまま吹き飛ばされたようだ。



「留三郎ー!どこだー!!?」



探せど探せど見つからない。
川にでも落ちて流されてしまったのかと川を下ろうとしたその時…



「も…じろー…」



留三郎の声が微かに聞こえた。



「留三郎っ!?どこだっ!!?」



断続的に聞こえる留三郎の声を頼りに近づいて行く。



「ここだー文次郎ー…」



川べりから程近い、木々の生い茂る一体。
その中の一本の古木の枝に、留三郎は引っ掛かっていた。



「よっと…大丈夫か?」

「ああ、悪りぃ。助かった」

「ってお前っ、その顔…!」

「夜の風でいろいろ飛んできたからな」



留三郎の顔は目の半分くらいの所まで欠けていた。



「大丈夫、まだ見える」

「でも…」

「お前の顔だってよく見えるぞ。ボサボサの老け顔が」

「な…バカタレッ!」



しばらくして二羽は海の見える場所に行く事にした。



「よし、んじゃ行くぞ」

「おう、頼んだぞ」



留三郎の尾っぽ部分をしっかり掴んで飛び上がる文次郎。
高く高く、留三郎のいた屋根よりも遥かに高く舞い上がった。



「おおっ!高いっ!すごい高いぞっ文次郎っ!」

「当たり前だろ、飛んでんだから」

「すごいなーお前はいつもこんな風に空を飛んでたんだな」

「鳥だからな」

「鳥は鳥でも俺は風見鶏だから、こんな風に飛べる日が来るなんて思ってもみなかった…」

「…」

「ありがとな文次郎」

「…おぅ!」



あ、でも昨日風で飛ばされたんだった…なんてわいのわいのと話をしているうちに目的地までもうあと少し。



「あのでっかい木を越えたら…すぐだ」



文次郎は頑張っていた。
暖かい土地から土地へ移動する渡り鳥である文次郎にとってこの国の冬は厳しく、いやがおうでも体力は減っていた。
年のせいもあり、体力はさらに減っていたが留三郎に海を見せてやりたい一心で留三郎という荷物を持ち、頑張って飛んだ。
そして大きな木を越えた。



「おぉ…っ!」

「見えるか?留三郎」

「見える…見えてるっ!本当に…でっかい水溜まりだなっ」

「だろ?」



笑い合いながら文次郎お気に入りの場所へと降りていく。



「こっからなら座ってても海がよく見えるだろ」

「本当だ、よく見える!いい場所知ってるなぁ文次郎」

(お前を連れて来たくて探した…とは言えねぇな…)

「空も海も真っ青だ。綺麗だな…」

「ああ…」



その日は夜の嵐が嘘の様に穏やかで暖かい日だった。



「本当に綺麗だ」

「…ぁぁ」

「どうした?文次郎」

「眠くてな…今日はあったかい、から…」

「そっか、なら寝てろよ。夕方になったら起こしてやるから」

「…ぁぁ」



文次郎はすぐさま寝息を立てはじめ、留三郎はずっと海を眺めていた。

そして夕方―――



「…っじろ」

「…ん」

「文次郎っ!」

「ん…留三郎か」

「何度呼んでも起きねぇんだから…って、海!海見ろ!!」

「海?…あぁ」

「昼は真っ青だったのに…」

「空も海も真っ赤だな」

「…屋根の上にいたままじゃこんな景色知らなかった。文次郎、ありがとな」

「俺も…お前と、この景色を見れてよかっ…た…」

「ん、どうした?」

「また…眠、くて…」

「俺を運んだりして疲れたんだろ」

「そ…かも、な」

「寝ろよ。俺は隣にいるから、ずっと」

「…あぁ」





「文次郎、もう寝たのか?」
「よっぽど疲れてたんだな…」
「ありがとな、頑張ってくれて」
「しかし…本当に綺麗だな…海…」



留三郎の傍らで眠る文次郎。
文次郎の存在を確かに感じながら、留三郎はずっと海を眺めていた。



(………何だ?まだ夜でもないのに景色が暗く…頭、も…ぼんやりして…きた…よう、な…)
(あぁ…これ、が…『眠い』って…事なの、かな…俺、風見鶏…だけど…)
(…ま、いいか…)
(文、次郎…。気持、ち…良さ…そう、に…寝て…る)
(俺…風見、鶏…だけ…ど、寝…たら…夢、で…会え、る…か…なぁ………)










幸せそうに眠る渡り鳥。
その渡り鳥にもたれ掛かるようにして初めての眠りについた風見鶏。

その日は夜の嵐が嘘の様に穏やかで暖かい日だった。





* * * * *



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