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□僕を呼ぶ君を呼ぶ
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最近四年生に編入した先輩がいる。
歳は六年生と同い年だけど、今まで髪結いをしていたとかで忍術なんて全く知らないから四年生に入ったとか。
人数が少なかったせいもあって委員会は僕も所属している火薬委員会へ。
人あたりがよく、誰とでも気さくに話す先輩。
いい人だと思うけど…

僕はあの人が嫌いだ。










【僕を呼ぶ君を呼ぶ】










「三郎次く〜ん!」



またあの人だ。
同じ委員会という事もあって懐かれたのか、遠くから目に入っただけで僕の名前を呼んで近づいて来る。
こないだなんか校庭の端から端まで全力で走って来た。



「何ですか?タカ丸さん」



小走りで目前までやって来たタカ丸さんに、仕方なく声をかけた。



「うわぁ、すごい量の本だね…どうしたの?」



話を聞けよ…僕に用があったから声をかけたんじゃないのか。
それなのに逆に質問して来るなんて…本当に何なんだこの人は。



「授業で使ったんで、先生に図書室へ戻しておくよう言われたんです」



それでは…と軽く会釈して図書室へ向かおうとすると…ん?
持っていた本が軽くなった…??
不思議に思って上を見上げれば、僕が持っていた本の半分以上を軽々と持つタカ丸さんと目が合った。



「手伝うよ」



そう言っていつもの人あたりのいい笑顔を僕に向ける。
いいと言っているのに「いーからいーから。僕暇してたからー」等と言って先に歩き出してしまう。

本当に、何なんだこの人は。
髪結い目指してたのに急に忍者を目指したり…とか。
忍者目指してるくせによくそんなヘラヘラした顔でいられるな…とか。(それは一年は組の連中もだけど)
勝手に本持って…僕が持てないとでも思ったのか?(ちょっとフラフラしてたけどさ…)…とか。
暇だから手伝う?暇があるなら忍術の一つでも覚えたらいい。もともと四年生の実力だって無いくせに…とか。
何で全力疾走してまで僕に声をかけて来るんだ…とか。
考えれば考えるほど何だか無性にイライラする。










「三郎次く〜ん」



まただ。
いっそ無視してしまおうと長屋の角を曲がろうとする。



「あっ、待って!三郎次君っ!!」



いつもより必死に呼びかけるその声につい足を止めてしまった。



「何ですか?」

「あのねっ、学園長から言われて…今から三郎次君と僕でお使い行く事になったんだ」



今回はちゃんと用事があったようだ。
が、よりによって一緒にお使いなんて…。
そんな事言っててもしょうがないので、とりあえず早く終わらせよう。



「わかりました。すぐに着替えて来ますので校門で待ってて下さい」



とだけ言うと自室へ向かった。
後ろから…



「うん!待ってるねー!!」



と大声がしたけど振り向かなかった。





道中、案の定タカ丸さんは色々話しかけてきた。
僕は…ええ、はい、そうですか…等と適当に相槌を打ってやり過ごしていた。

そうこうしている内に目的地である学園長の知り合いの家に着き、手紙を渡して返信をもらい帰路に着いた。
少し日が傾いてきたから近道しようという事になり、表通りを反れ山道へと入った。
まだ明るいからと思ってたんだけど…油断したようだ。
数人の気配を感じる。
盗賊だろうか。
戦ってはこちらが不利。
逃げる算段をして、タカ丸さんに声をかけようとすると…



「行きに橋を渡ったよね?」



先に声をかけられた。
それに頷く。



「じゃあそこで待ち合わせね」



と言っていつもの笑顔。
すると…ガサガサと木の茂みから三人の男が現れた。
男達が何か言葉を発する前に、タカ丸さんが男の一人に向かって苦無を投げた。
足に当たったらしく少しよろめく男。
瞬間…



「走って!」



と人のいない方にドンっと押された。
一人の男が僕を追いかけようとするが、そこにまた苦無。
頬を掠めた。
男は怒ってタカ丸さんへ向かって行く。



「走って!早く!!」



いつものタカ丸さんとは違う…強く、怒っているような声。
はっとして僕は走り出した。
山道を抜け、表通りに出て、あの人が指定した待ち合わせの橋まで…僕は走った。





橋を渡る人々。
何人の人を見送っただろう。
日はかなり傾き、橋の近くの村では夕食の準備が始まったようで、いい匂いが漂ってきた。

早く…
早く…

そう思うのに、あの人は一向に来ない。
橋から続く小高い丘。
その頂上に人影が見える度にはっとする。
しかしその内の誰も僕の名前を呼ばない。
あの人なら間違いなく…あそこから僕を呼ぶ。

あの時…僕が盗賊に気づく前にあの人は気づいていたんだろうか…。
二人一緒にだって逃げられたはずなのに何で僕だけ逃がしたんだろう…。
そしてあの時…怒ってた。
あの人が怒った所を初めて見た気がする。

四年生の実力もない…なんて、僕は馬鹿だ。
確かに劣る事が多いだろうけど、あの人は努力している。
さっきの事がいい例だ。
盗賊の気配に気づき、冷静に判断をし、下級生である僕を守った。
あの苦無も、相当練習しなきゃあんな状況で命中なんてさせられない。

ごめんなさい…
いつも酷い態度をとって…
心の中であなたを馬鹿にして…
ごめんなさい…
謝るから…
もう素っ気ない返事もしないから…
お願いだから…
早く姿を見せて…
僕の名前を呼んで…



「三…次く…ん…」



微かに聞こえたその声で丘を振り返る。
目に溜まっていた涙がその振動で溢れ、頬を伝う。



「三郎次く〜ん!」



次ははっきり聞こえた。
タカ丸さんが呼ぶ僕の名前。
タカ丸さんは手を振りながら丘を駆け降りてくる。
いつもは何もせず待っている僕だけど、今日は…気がついたら走り出していた。
タカ丸さんの元へ。



「タカ丸さんっ…!」



走った勢いそのままでタカ丸さんに抱き着いた。
タカ丸さんは少し驚きながらも受け止めてくれた。



「わわっ…ど、どうしたの?」



どうしたの?ってこの状況でそれを聞くのか。
心配だったからに決まっている。
僕だけ逃がして自分は囮に…見れば所々ボロボロで…怪我もしている。
いっつもヘラヘラしてるくせにあんな時だけ真剣になって…。
怒った顔も初めて見た。
いつまで待っても来ないから…どれだけ心配だったか。
心の中で馬鹿にしていた。
何でいつも遠くから名前を呼んで近づいてくるのか。

さっきの事も、今までの事も、泣きながら言いたい事を全部言った。
タカ丸さんは僕の背をポンポンしながら黙って聞いてくれていた。
話し終わると…



「…馬鹿に、してたんだ…」



とかなり落ち込んだ様子だったのでそこは謝り倒した。



「やっぱりああいう時は上級生として下級生を守らなくちゃっ!て思ってね。いやぁ、苦無の練習しといてよかったよ」



上級生だから…。
当たり前の事なのに何か引っかかる。
何だろう?



「でも、三郎次君が固まってたから焦っちゃったよ。一人、三郎次君の方へ行くから余計に…だから、怪我させたくなかったから怒っちゃってごめんね?」



僕だって忍者のたまご、いざとなったら戦える。
怪我だって、怖がってちゃ忍者になんかなれない。
そう言ったら、少し困った顔をして笑うタカ丸さん。



「う…ん。そう、だけど…ね」



更に僕から目線を外す。
だけど、何だ。
と問う僕に目線を戻したタカ丸さんは少し赤くなってまた困ったように笑う。
何なんだ?



「僕…、好きなんだ。三郎次君が…」



今、何と?



「好き…だから守りたいし、怪我もしてほしくなくて…ごめんね、忍者ならそんなの当たり前なのに…」



好き?
僕の事が?



「…あ、あの…では…、いつも遠くから僕の名前を呼んで来るのは…」



混乱する頭でそれだけ聞いた。



「うん。三郎次君が好きだから…何とか話す機会を…って思ってね。でも、迷惑だったよね?三郎次君…僕の事…嫌い、でしょ?」



悲しそうな笑顔で聞いてくる。
嫌い?
僕はタカ丸さんが嫌い?

編入生なんだからもっと勉強しろ…とか。
子供扱いして馬鹿にして…とか。
用もないのに話しかけてきて…とか。
いつもヘラヘラ笑って…とか。

…ん?

編入生で忍者経験がないから心配。
対等に見てほしい。
僕と話したいと言ってほしい。
所詮、誰にでも愛想振り撒くんだろ。

………。

タカ丸さんの告白を受けて、今までタカ丸さんに抱いていた感情を整理したら…



「さ、三郎次君っ!!?」



眩暈がして倒れ…てはいない。
タカ丸さんが抱き留めた…から。





橋の脇にある木の下。
タカ丸さんに運ばれて横になっている。
額にあてられた濡らした手ぬぐいの隙間からタカ丸さんを見れば、自分の怪我を心配した方がいいのに、僕ばかり気にしてオロオロしてる。
そんなタカ丸さんに、治まった顔の熱がまた上がり出したのを感じる。



「あ、お水飲む?汲んで来る…」



立ち上がろうとしたタカ丸さんの手を掴み、手ぬぐいで顔を隠して…言った。



「ぼ、僕も…タカ丸さんの事………好、き…です。た、たぶんっ」



…。
反応が無い。
ゆっくり手ぬぐいの隙間から様子を覗いて見ると…ぽかんとした表情のタカ丸さん。



「た、タカ丸…さん?」



恐る恐る尋ねると、我に帰ったようで…



「ほほほっ…本当っ!?うそ…夢?」



目をぱちくりさせながら狼狽えている。
自分の頬を力いっぱい抓り…



「い゙だっ!あだだ…夢じゃなかった…」



涙目になっている。
次いで僕に視線を戻すと、泣きながら抱き着いて来た。










忍術学園に戻る道すがら、僕達は手を繋いで帰った。
タカ丸さんから色々話しかけられて、ちょっとだけど僕からも話しかけて。
タカ丸さんを見上げる度、いつもの…いつもよりもっと優しい笑顔で僕を見ていた。

学園へ戻ると、何をしていた!と怒られたけど、盗賊に襲われたと言ったら許してくれた。
職員室から出ると先生から言われた通り、タカ丸さんは保健室へ向かおうとする。



「じゃ、また明日ね三郎次君」



僕に背を向けて歩き出そうとするタカ丸さんの手を取って、僕は歩き出した。



「…え?三郎次君??」

「僕のせいで負った怪我でしょう?だから、僕が責任とって保健室まで付き添います…!」



顔が真っ赤になっているのがわかる。
タカ丸さんも気づいてる。
後ろでクスッと笑う声がして…



「じゃあ、お願いしようかな。よろしくね、三郎次君」



タカ丸さんの今の顔は、見なくてもわかる。

いつもよりもっともっと優しい笑顔に違いない。










終わり



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