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□花咲くは夜
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「―――で、これが今日の日誌です」

「うむ、ご苦労だったな」



現在、亥の刻の半ばあたり。
場所は六年長屋の一室、い組の潮江・立花の部屋である。

先日、任務の為に委員会に出られなかった仙蔵の元へ、今日の日誌当番であった一年い組の伝七がそれを持って来ていたのであった。
伝七に渡された日誌には、仙蔵がいなくともその分を補おうと努力した痕跡が見て取れ、完璧とまではいかなくも頑張ったのだなと思うと、自然と仙蔵の顔に笑みが零れる。
そしてご苦労と労いの言葉と共に優しく頭を撫でてやれば、ぱぁっと明るくなる伝七の表情。
普段から厳しい仙蔵の元で活動をしている作法委員会。
叱られる事こそよくあれど、こんな風に優しく頭を撫でてもらう事など滅多にない訳で…伝七の喜びは並のものではなかった。



「さぁ、もう遅いから早く寝るといい」



と、また優しく言われれば…



「はい!お休みなさい!!」



喜びで紅潮した顔で元気良く答え、部屋を後にする伝七。



「お休み」



仙蔵がそう答えてやれば、また律儀にそちらを向いて頭を下げる。
足音が遠退くのを確認し、また今日の日誌に目を通す。
そして明日の委員会でやらねばならぬ事を書き出していく仙蔵であった。















(立花先輩が頭撫でてくれたの…久しぶりだなっ…)

今さっきの出来事を思い出すと自然に頬が緩む。
足取りも軽やかに六年長屋を歩いていると…



「ん?…伝七??」

「あ、食満先輩。こんばんは」



スッと開けられた部屋の戸から顔を覗かせたのは六年は組の食満留三郎であった。
留三郎は…
六年長屋の廊下を足音丸出しで歩いているなんて…どこのどいつだ…?
と、その足音が近づいて来たのを見計らって戸を開けたのであった。
足音の主が一年生であったため、小言でも言ってやろうかと思っていた気も削がれる。
同時に六年長屋に一年が来るなんて珍しいと、何の気無しに話し掛けた。



「どうしたんだこんな所に…って、あぁ…委員会か?」

「あ、はい。立花先輩に日誌を届けて来たんです」

「そっか。夜も遅いのに大変だな」

「いえ!これも委員会の仕事のうちですから!それに忍たるもの夜こそゴールデンタイム!まあ、一年は組のようにお気楽ご気楽に寝ている奴らもいますがね」



こう話す伝七に留三郎は…

(あぁ…一年い組はこんな奴ばっかだったな確か…)

と苦笑せずにはいられなかった。
本気で嫌いあってる訳でないのがわかっているのでそこは放っておく。



「お、そうだ。ちょっと待ってろ」

「?はい」



留三郎はそう言うと自室に入って行った。
残された伝七は、待たされる理由が見当たらず首を捻る。
何だろうかと思う間もないほど早く留三郎は戻って来た。
その手に饅頭を一つ持って。



「さっき伊作に饅頭貰ってさ、ほら」



そう言って伝七へ饅頭を差し出す。



「え…いいんですか?」

「ああ。遅くまで頑張ったご褒美だ」

「わぁ…ありがとうございます!」

「…あ、仙蔵には内緒な?下級生をやたらと甘やかすな!ってうるさいんだよあいつ…」



そう言い苦笑する留三郎に、確かに…と同じく苦笑する伝七。
そして頂きますと饅頭を一口頬張ると…



「…おいしい!!」

「だろ?伊作にしてはいい物買ってきたんだよ」



伝七の一言に満面の笑みで答える留三郎。
ペロリとたいらげた伝七。



「ご馳走様でした!」

「おう、んじゃもう遅いから早く寝ろよ。…あ、歯磨きはしろよ?虫歯になるからな」



そう言いニカッと笑みながら伝七の頭をクシャっと撫でる留三郎。
髪がグシャグシャになるっ…!と思いつつもその心地よさに笑みが零れる。

(そういえば食満先輩はよく後輩の頭撫でてるな…嬉しいけど…やっぱり立花先輩に撫でてもらった方が嬉しいな、僕は)

そう思いながら伝七は一年長屋へ帰って行った。






























時刻は子の刻半ば。
仙蔵はようやく任務の報告書と委員会の雑務を終え、寝間着に着替えて寝るか…と頭巾を取った所で日誌に印鑑を押すのを忘れていた事に気づく。

印鑑というのは、各委員会の委員長が持っていて、書類の確認やら日誌の最後に押す事になっている物である。

先日任務で留守にする際に四年の綾部に預け、その日の仕事が終ったら作法室の机の引き出しに入れておくように言ってあった為、今印鑑は作法室にあるはずである。
明日の朝取りに行ってそれから提出しても構わなかったが、明日は朝から裏々山で六年全体の実習がある。
なるべく朝の時間は余裕を持たせたいと思った仙蔵は、しかたない…と作法室へ向かった。

ちなみに彼の同室者は伝七がこの部屋に来る前から夜の鍛錬に出掛けている。
少し前にろ組の二人がその同室者を追って鍛練に出掛けた事と、今だに帰らない所を見ると…あやつは明日使い物にならんな…と、今頃ろ組の二人に振り回され息も絶え絶えになっているであろう同室者を想像し小さく息を吐いた。










作法室の前まで来た仙蔵は違和感を覚え室内の気配を探る。
誰かいるのである。
侵入者か?とも思ったがそれにしては様子がおかしい。
室内を物色している…というわけでもないのにゴソゴソと動き、気配は全く消せていない。
いや、消す事が出来ない程に落ち着かないといった感じだ。
侵入者ではないと判断した仙蔵は…



「誰かいるのか?」



と声をかけてみた。
中の気配は驚き動きを止めるも返事をする気はないようで、焦れた仙蔵は入るぞと言うと同時に戸を開けた。
中に入って見れば部屋の右奥…生首フィギュアの棚の下で何やら蠢く物体があった。
部屋の入口に取り付けてある燭台の蝋燭に灯を付けて持つと、その物体に近づいて行く。
仙蔵は、こんな夜中に生首フィギュアなんて薄気味悪い物が置いてある作法室にわざわざ入って来るのは作法委員の誰かであろう、と当たりをつけ…



「喜八郎?藤内?…兵太夫か?」



と作法委員の名前を挙げながら近づき、今だ丸まったままの物体に蝋燭の灯を照らしてみる。
顔は見えないが赤みがかったその髪は間違いなく…



「伝七…」



本人の名前を呼べばビクッと身を震わせ、弱々しく顔を上げる。
その顔にはいつもの生意気さは微塵もなく…目は泣き腫らして赤くなり、呼吸がしづらいのか口は開きハッハッと細かな呼吸を繰り返し頬は紅潮しきっている。



「立ッ…ば…な、先ぱ…いッ…」



仙蔵を確認すると苦しげにそう言い、両の手は奮えを抑えるように自分の肩を抱き、目には涙を溢れさせる。

普段とあまりに違うその様子に…



「どうした伝七!?何かあったのか??」



燭台を脇に置き、抱き起こそうと伝七に触れる。
すると…ぅあッ…!と言う呻きと共にまたビクビクッと身体を震わせ、より一層苦しげに顔をしかめ…



「せんぱっ…ハッ…や…触ら…ないで…ッ」



息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。



「どこか痛むのか…?」



と問えば弱々しく首を縦に振る。
どこが痛むのだと聞けば、消え入るかの様なか細い声で…



「へ…変っ、なん…で…すっ…!ンぁッ…体っ…熱…くて…」



そこまで言うと大粒の涙を零し、少しして…恥ずかしげに股間を押さえ…



「こ…ココが…痛くっ…て…ぁッ…体…ビクッて、するしっ…!変な…感っ…じ…だしっ…!せんぱっ…い!僕っ…僕はっ…病気…なんっ…で、しょう…か…?」



涙をボロボロと零し完全に泣きじゃくってしまった伝七。
俯いている伝七を呆気にとられた様な表情で見つめる仙蔵。
その胸中は…

(なんだ…そういう事か…。しかしこの状態…どう見ても薬を盛られたとしか思えん。この手の薬と言えばあいつしか浮かんでこないが…伝七に薬を盛る理由がわからん…)

もしかしたら何かの拍子に体に吸収してしまったのかもしれない…と、真っ先に疑った同級生にほんの僅かの悪気を感じながら伝七に言葉をかける。



「伝七…率直に言えばお前は病気ではない」

「ほっ…本当…ですかっ…!?でも…」

「聞け。その状態は病気ではなく、薬によるものだ」

「く…薬っ?」



この異常事態が病気ではないと分かり安堵する伝七であったが、薬によるものだと聞かされ再び不安にになる。



「おそらくな。と言っても命に関わるようなものではない。…時に伝七、今日何か変わった事は無かったか?」

「変わった事…?」

「ああ、いつもと違う…何かに触れたり嗅いだり口にしたり…」



仙蔵にそう言われ、記憶を辿る伝七。
体の異常な感覚に堪えながら考え込むその姿は、時折堪えきれず漏れる声も相まって扇情的である。



「特にッ…は、………あ」

「どうした?」

「そぉっ…いえば…け…食満…せんッぱい…に、お饅っ頭を…頂きッ…まし…たっ」

「留三郎に?」



留三郎と言われ少し考える仙蔵。

(留三郎が薬を盛るとは…考えられんな。いくら下級生好きと言ってもそんな事をするような奴ではない。はずだ…)

すると伝七が思い出したかのように…



「ンぁッ…確…か善…ぽ…ぅ寺…せんぱッ…いが、買っ…て…来たッ…とか…」



途端、仙蔵の片眉がピクリと上がる。

(やはり…あいつが原因か…本っ当に…ろくなことをせんな、あの色ボケ不運馬鹿は…)



「せん…ぱ…い?」



普段委員会で行動を共にしている作法委員達は仙蔵の感情の変化に敏感である。
自分のせいで不機嫌になったのでは…と、不安げに仙蔵を見上げる伝七。
それに気付いた仙蔵。



「なんでもない、こっちの事だ。それより…どうするかな…」



そう言って伝七の首筋等に汗ばんで張り付いた髪を取ってやる。
それにも敏感に反応する姿が痛ましくも艶めかしい。
触れる度に…ぅあッ!ヒぅッ!という嬌声と共に跳ねる姿が面白く、ついついあちこちを触ってしまう。



「ゃ…せんぱッ…!ャめ…て、くだっ…さ…ぁうッ…!」



今まで堪えていた伝七であったが限界だったらしく、制止を求める声をあげてきた。



「ああ、すまんすまん」



謝罪をすれば潤んだ瞳に睨まれる。
が、それは男を煽るだけの表情ということに本人は気づいていない。

(いかん…早くしないとこっちの理性がもたん)



「では保健室に行くか…いや、今なら直接伊作の部屋の方が早いか…」



仙蔵のその言葉に伝七が咄嗟に叫んだ。



「やっ…!嫌ですっ…!!!」


「嫌と言ってもお前…伊作なら解毒剤を持っているはずだから…」


「嫌…です…!こっ…こんな…姿っ、を…他の…だ、誰かにっ…見ら…れる、なんてっ…!!」



元々、優秀でプライドの高い一年い組の生徒である伝七。
今の自分の醜態を他人に曝すのは絶対に嫌だった。
そもそもこうして自室から抜け出して作法室にいたのも、同室の佐吉に知られたくなかったからである。

寝間着をギュッと握り締め、泣き出しそうな顔で俯いてしまう伝七。
それを困り顔で見つめる仙蔵であったが、何かを思い付き内心ほくそ笑む。
心内を悟られぬよう平淡に…



「そうなると…私が処置するしか無いがいいのか?」



と問う。
少し考えた伝七だったが…



「お…願い、しま…すっ…」



その返答に、仙蔵はまたも内心でほくそ笑むのであった。










続く

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