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□幸せの味
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※以前ブログで書いた物に付け足しをした話です。




















忍として生きる者なら「鉢屋」を知らぬ者はいない。
諜報活動、暗殺はもちろん、戦に加担すれば負けた試しが無いというほどの手練れ集団である。
あまりに優秀であまりに有名な彼等であるが、その素性は謎に包まれている。

そんな「鉢屋」に一人の少年がいた。
日々厳しい訓練を課されていたが一向に芽が出ないその少年。
このまま「鉢屋」に置いておいても…と落胆した両親はその少年を忍術学園へ預ける事にした。

忍術学園へ預けられた少年、名は三郎。
「鉢屋」では落ちこぼれであったものの、他の生徒に比べれば頭一つ出た能力を持った三郎は、回りと馴染めずいつも一人ぼっちだった。
また、「鉢屋」の掟の為に素顔を晒す事ができずいつも面を付けている為、気味悪がられ回りとの溝は深まるばかり…。
そんな中…

「ねえ、次の授業は二人一組でやるんだって。僕と組もうよ!」

そう言って同じクラスの不破雷蔵に声をかけられ、少しずつ打ち解けていった。
しかし、いつまでたっても面を外そうとしない三郎に、面越しでは表情が分からないと言う雷蔵。
掟の為素顔は晒せない…が、他人の顔を借りれば面を外せると言う三郎。

「でも…そんな事されたら誰だって気味悪いだろ?」

しかし雷蔵は…

「…それなら、僕の顔を使えばいいよ!」

かくして仲良くなった二人であります。










学園に入って初めての夏休みを迎え、みんなそれぞれ家に向かって学園を後にする。
一人、また一人…
「じゃーな!夏休みあけたらまた会おうなー!!」
なんて言いながら去って行く。

雷蔵はといえば、自分の帰り支度は終わっているのだが、同室の三郎がまだ支度できていないためそれを待っている状況である。

「三郎遅いなー…」

いくら待っても来ない三郎。
クラスの者は皆帰ってしまった。

痺れを切らせた雷蔵は自室へ三郎を迎えに行く事にした。





「三郎ー。支度できたー?」

そう言って戸を開けた雷蔵の目に映ったのは文机の前に正座したまま動かない三郎であった。
服は今だに忍装束のままで、帰り支度がしてあるようには見えない。

「もー三郎、何やってるのさ!みんなとっくに帰っちゃったよ?僕も手伝うから支度して早く帰ろ…」

「帰らない」

「え…?」

「私は帰らないよ」

予想もしなかった返答に困惑する雷蔵。
三郎は机に向かったままこちらを見ない。

「え…どうして…?途中まで一緒に帰ろうって…この前みんなと話してた時は楽しみだって言ってたじゃないか…」

「みんなには、言えなくて…いや、言いたくなくて…。君のおかげでやっと普通に話せるようになったのに…また変な奴だと思われたくなかったんだ…」

ごめん、と言いながらゆっくりと雷蔵の方へとふり返る三郎。
その表情は辛そうに、泣きそうに…微笑んで。

「で、でもっ帰らないってのは…何で…?」

三郎はより一層微笑んでから俯いて…

「私はね、「鉢屋」の落ちこぼれなんだ。だから忍術学園へ入れられた。いらない子なんだよ」

「…そんな事っ!だけどっ…お父さんやお母さんは…!?」

「父は現「鉢屋」の当主でいつも私に過酷な修行を課した。母も当主の息子である私を厳しく躾たよ。そこには親子の情なんてものはありはしない…あるのは「鉢屋」としての忍を作る為の意思だけさ…」

「…」

「そんな家だから、落ちこぼれの私に誰も見向きもしない。私が帰ろうが帰らまいが関係ないんだよ」

「…」

「でもね、雷蔵。私は落ちこぼれでよかったと思う」

「…え?」

「だってそのおかげで忍術学園へ来て、君に出会えた。外の世界を知り、仲間と呼べる者が出来た。それはとても素晴らしい事だと思うんだ」

「…僕もっ、三郎に会えて良かったよ!」

俯いていた顔を上げ、またもにっこりと微笑む三郎。
今度は幾分嬉しそうに。

「ありがとう、雷蔵。でもね、家の者はずっと「鉢屋」の中で暮らしているからその事がわからないんだ。いや、わかろうとしないのか…。だから…今更そんな場所には帰りたくないんだよ」

そう言い放つ三郎はやはりどこか辛そうで、泣きそうで。

「でも…!そうしたら三郎は…夏休み中どうするんだい??」

「学園に残って勉強とかしてるよ。そういう人も少しはいるみたいだし…飽きたらヘムヘムと散歩でもするよ。だから…一緒に帰れなくて悪いけど、雷蔵は早く帰って夏休みを過ごすといい…」

「ダメだ!」

「へ?」

三郎の話を遮るように雷蔵が叫ぶ。
思わず間抜けに聞き返す三郎。

「ダメだよ!そんなんじゃ夏休み中、また三郎は一人ぼっちじゃないか!!」

「あ、いや…大丈夫だよ。先輩方も残る方がいらっしゃるし、一人ぼっちって訳では…」

「ダメったらダメー!!!」

雷蔵が滅多に出さない大声で叫ぶので驚き、目を丸くする三郎。

「…だけど…どうすれば…」

と、今度は三郎が困り顔。

「うーんと…、そうだ!家に来ればいいよ!!!」

「は?」

「そうだそうだ、家に来ればいいんだよ!そうとなったら早く支度して行くよっ三郎!!」

状況を飲み込めないでいる三郎をよそに、上機嫌の雷蔵は勝手に三郎の支度を始める。

「ちょっ…ちょっと待って!私なんか連れて帰ったらご迷惑だろう?」

「そんな事あるわけないよっ!僕の友達なんだ。友達連れて帰ったらみんな喜ぶよ!!」

普段迷ってばかりの雷蔵にそうきっぱりと言い切られ、もやもやしていたものが吹き飛んでいくのを感じる三郎。
と、同時に目頭が熱くなる。
目から零れた雫は頬を伝って地に落ちた。
背を向けている雷蔵は見ていない。
その背に向かって一言…

「ありがとう…」


消え入るような小さな声で。










「たっだいまー!!」

「お、お邪魔します…」

元気よく家に入る雷蔵。
後から遠慮がちに入る三郎。
中には雷蔵の母親がいた。

「あら、お帰りなさい!ん?そちらは…三郎君?」

「は、はじめまして…!って、えっ?何で知って…」

「雷蔵からの手紙に書いてあったのよ。とっても変装が上手な子がいて、いつも自分の顔をしてるんだ。って。ふふ、本当にそっくりなのねぇ」

三郎と雷蔵、二人の顔を交互に見ながらそう言う母親。
笑った顔が雷蔵によく似ている。

「…あの。雷蔵と同じ顔なんて…き、気持ち悪くないですか…?」

不安そうに聞く三郎。
それもそのはず、完璧なまでの変装を得意とする「鉢屋」を知る者は皆気味悪がる。
しかし…

「どうして?息子が増えたみたいで嬉しいわ」

と頭を撫でられた。
優しい微笑みと共に。



「さあさあ、二人とも!お腹減ってるでしょ?そろそろ帰って来る頃だと思って、朝おいなりさん作っといたのよ。手を洗ってから食べてらっしゃい」

「わーい、ありがとー!三郎っ!早く食べよっ!!!」

「うん。あ、ありがとうございます…頂きます」

丁寧にお辞儀をする三郎に…

「そんなに畏まらなくてもいいのよ。自分の家だと思ってゆっくりしてね」

おいなりさんもいっぱい食べてね、とまた頭を撫でられた。
優しい優しい微笑みで。



手を洗い、板間に上がる。
囲炉裏の奥に布巾を被せた皿が置いてある。
こんもりとした布巾が皿に盛られた物の多さを物語っている。
何人分あるのやら…。

「おいなりさんなんて久しぶりだなー。あ、母さんのおいなりさんおいしいんだよ!」

「へぇ…で、おいなりさんて…何?」

「え?おいなりさん食べた事無いの!?」

「うん」

嬉しそうに話す雷蔵だったが、三郎の言葉に驚きを隠せない。
「鉢屋」では日々忍の修行の為、あまりそういった食事は出ない。
落ちこぼれであった三郎には特に…。

「おいなりさんってのはねぇ、甘く煮た油揚げに酢飯を詰めた物で…って!食べた方が早いよ!食べよっ!!」

そう言うが早いか布巾を取る雷蔵。
現れたのは山のようないなり寿司。
見た事もない食べ物に目を丸くする三郎。
甘辛い匂いが腹ぺこの二人を誘う。
手を合わせる二人。
そして同時に…

「「いただきまーす!!」」

一つ掴んで口に入れる。
甘辛い揚げに程よい酸味の酢飯が見事に合わさって…

「…おいしいっ!」

「でしょ?母さんのおいなりさんは日本一なんだ」

食欲旺盛な二人はあっという間にたいらげて…

「こんなおいしい物初めて食べたよ。雷蔵のお母さんは料理上手だね」

「そう?母さんが聞いたら喜ぶなぁ」

ニコニコ笑う同じ顔。



おいしいおいしいおいなりさん。
食べればみんなニッコニコ。
それは二人の幸せの味。










時は流れ…二人は五年生になった。

「三郎ー、三郎いるー?」

「ああ、雷蔵」

ここは食堂の調理場。
本日は食堂のおばちゃんが不在の為、学園中がランチ自炊になっている。
昼から休みということもあり、殆どの生徒が外食に出掛ける中、どうやら三郎は何か作ろうとしているらしい。

「何作ってんの?それよりいいの…?調理場勝手に使っちゃって…」

「おばちゃんには許可をもらってる。ご丁寧に米も炊いといてくれたみたいだ」

そう言って桶に移したホカホカご飯を指差す三郎。
本人は何やら調味料を合わせているらしく真剣だ。
雷蔵が調理場を見渡すと…桶に入ったご飯、三郎が合わせているのはお酢と砂糖?そして小鍋に入った油揚げ…

「三郎、おいなりさん作ってんの?」

「そう、なんだが…なかなか上手い事いかなくて…思った味にならないんだよ」

真剣に酢と砂糖を合わせながら答える三郎。
そんな三郎に…

「なーんだ、それなら言ってくれればよかったのに。僕、おいなりさん作るの得意なんだよ」

貸して!と、三郎から道具をふんだくり、目分量にも程があるだろうというくらいの大まかさで味付けしていく雷蔵。

「え…ちょ、ら、雷蔵さん?」

「大丈夫、大丈夫!あ、油揚げ煮といてよ」

「はい…」

不安すぎるもこうなった雷蔵が止まらないと知っている三郎は、大人しく油揚げを煮るしかなかった。

暫くして出来上がったいなり寿司。

「いっぱいできたねー。さ、食べようよ」

「そ、そうだなっ」

満面の笑みを浮かべる雷蔵に、若干引き攣った笑顔の三郎。
それぞれ一つずついなり寿司を掴むと…

「いっただっきまーす」

「…いただき、ます」

同時に一口頬張った。

「…あ、美味い」

恐る恐る食べた三郎であったが、意外もおいしかった。

「だろ?いつも母さんの手伝って作ってたから、おいなりさん作るの得意なんだ、僕」

「て事は…雷蔵の母上もあんな豪快な作り方なの、か?」

「あははー。酢や砂糖の量なんて計った事無いよ。料理は気合いだ!って言ってた」

「なるほど…」

なんて話している間にたいらげたいなり寿司。

「あー美味かった」

と満足そうにしている三郎に…

「三郎っておいなりさん好きだよね」

雷蔵がそう言えば…

「まあね」

と答える三郎。
じゃあ今度家帰る時に母さんに頼んどくよ!と楽しげに言いながら後片付けを始める雷蔵。
その姿を見ながら…

(なんか…あったかくなるんだよな。おいなりさん食べると)

それが「幸せ」だと三郎が気づくのはもう少し後のお話。










* * * * *

二、三年生くらいの時に三郎の才能が開花してると思います。
性格も(笑)


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