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□その一切が…
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*前編*
「滝を…私だけのものにしたいんだ」
私が先輩と初めて会ったのは三年前…私が忍術学園に入学して間もない、委員会分けもまだという頃だった。
その日、私ともう二人のクラスメイトは学園長のおつかいで金楽寺まで来ていた。
和尚様から文を預かり学園へ帰る途中に事件は起きた。
「うわぁっっ!!」
「「滝夜叉丸ー!!」」
前日の大雨で道がぬかるんでいた。
クラスメイトの一人がぬかるみに足を取られ、崖下に落ちそうになったのを助けたまではよかったのだが、引き上げたと同時に私が足を滑らせて落ちてしまった。
幸いにもあまり深い崖ではなかったので大事には至らなかったが、落ちた時に右足を捻り、両の手からは血が滲んでいた。
体調が万全であればこんな崖くらい登れただろうが、この状態では流石に無理だった。
「滝夜叉丸ーっ!!!大丈夫かっっ!?」
「怪我してないかっ!!?」
上で叫ぶ二人に…
「大丈夫だが足を捻ってしまった。動けそうにないから誰か呼んで来てくれ」
そう伝えると、私は崖に背もたれた。
二人は…
「わかった!」
「すぐ戻るから待ってろよ!!」
と駆けて行った。
私は血の滲む両の手を上着で拭いながら…そういえば大雨のせいでいつもと違う道を通ってたんだっけ…普通なら半刻もせずに学園へ着けるはずだけど、大丈夫かな…と、考えを巡らせていた。
しかし、どうやらその考えは的中してしまったらしく、一刻たっても、もう半刻しても誰も来やしない。
気丈に、気丈に…と自分に言い聞かせていたが、怪我の痛みと動けないという事実で流石に心細くなってきた。
その時…
「…丸ー!滝夜叉丸ー!どこだー!??」
と、誰かが私の名を呼んでいるのが微かに聞こえた。
「ここでーす!私はここにいまーす!!」
座ったままで力の限り叫んでみた。
声は届いたであろうか?
先程の私を呼ぶ声は聞こえなくなってしまった。
気付かずに行ってしまったか…とため息をつくと、途端に悲しくなり目が潤んだ。
泣くまい!と堪えれば堪えるほど涙が溢れた。
このまま誰も来なかったら…なんて考え出したその時だった。
「滝夜叉丸ってお前かー?」
上から突然声をかけられた。
「え?あぁ…はいっ!滝夜叉丸は私です…!!」
そう答えると、ニカッと笑ってその人は…
「助けに来たぞ!遅くなってゴメンな!!」
と、大きな声で叫んだ。
そして縄を木に縛り付けるとスルスルと下りて来た。
制服の色からして三年生。
助けに来るのなら先生とか、もっと上級生が来るのでは…と助けに来てくれた先輩に失礼な事を思ってしまった。
私の隣に着地した先輩は…
「山で自主トレしてたら一年生が二人で泣きながら走ってたんだ」
「どうしたって聞いてみても『滝夜叉丸が落ちちゃった』ってそればっかでさ」
「昨日の雨で道が変わってたろ?それで道に迷っちゃってたみたいでな」
「とりあえず二人を引っ張って学園が見える所まで連れてったんだ」
「そしたら遅くなっちゃったんだ。ゴメンな。と…よし!」
そう話しながら先輩は、自分の頭巾を裂いて私の手と足の手当てをしてくれた。
礼を言うと、応急処置だけどな!と、またニカッと笑う。
そして私を負ぶさると…
「さ〜て、登るか!」
と威勢良く立ち上がる先輩。
「こっ、このまま登る気ですか!?」
つい突っ込んでしまった。
だっていくら先輩とはいえ、まだ三年生。
そんなに体も大きくはない…。
それなのに私を負ぶさったまま崖を登るなんて…誰でも突っ込むだろう?
しかし先輩は…
「ん?崖をよじ登るわけじゃないぞー。縄を下ろしてあるからな!」
と、見当違いの返事をくれた。
そして縄に手をかけると…
「滝夜叉丸、登る間だけ頑張ってしがみついてろよ!すぐ登るからな!!」
は、はい…!と返事してしがみつく手に力を入れると…
「いけいけどんどーん!!!!!」
という妙な掛け声と共に登りだし、あっという間に登りきってしまった。
先程の『もっと上級生が…』などという失礼な思考には謝罪するより他無い。
「よく頑張ったな!」
と頭をポンポンされれば、なんとも言えない安堵感が全身に広がった。
「さあ、後は学園までダッシュあるのみ!いけいけどんどーん!!!!!」
ダッシュ!?と思うより先に走り始めた先輩。
そういえば、まだ名前も聞いていない。
「せ、先輩っ!」
「ん?なんだー?」
「あ、あのっ!お名前は…!」
走る速度が早すぎて顔を上げると顔ごと持っていかれそうになる。
そんな状況でそれだけ聞くと…
「小平太っ!七松小平太だっ!!」
と元気よく答えてくれた。
学園に着くと、先生方やクラスメイトがてんやわんやしていた。
私達の姿を見ると先生方は胸を撫で下ろし、クラスメイトは半泣きで寄って来た。
そんな中、完全に泣きじゃくっているあの二人を見つけた先輩は、二人の前に立ち…
「ちゃんと滝夜叉丸連れて帰ったぞ!だから泣くなっ!!」
と、またニカッと笑って二人の涙を拭いてやる。
ああ、なんて…
なんて眩しい人だろう。
いつか私もこの人の様になれるだろうか。
その後、私は保健室へ運ばれた。
先輩は私を畳の上へそっと下ろすと…
「早く治せよ、滝夜叉丸!!じゃーな!」
「あっ…ありがとうございましたっ…!」
私が礼を言い終わらぬうちに去って行ってしまった。
先輩が去った後の戸をポカンと見ていると新野先生が…
「七松君が一人で君を助けて学園まで運んで来たんだって?」
「あ…はい、そうなんです。私を負ぶって崖を登って…」
「彼は体育委員でね、三年生だけど力持ちで体力もすごくある。学園ではちょっとした有名人なんだ」
「そうなんですか…」
「体育委員会の仕事…演習の下見なんていう重労働も好きらしくてね、山を一回りだけすればいいものを彼は自主トレと言って何往復もするんだ。今日、君のクラスメイトを見つけた時もそんな自主トレ中だったらしい。他の体育委員は引き上げた後だったみたいだから、七松君が残っていてくれてラッキーだったね」
新野先生は足の処置を止める事なく、そう言いながら私に微笑みかけた。
処置が終わり、同室の綾部喜八郎が迎えに来た時には、私の中である決意が固まっていた。
数日後、学級委員選挙が行われ…
私は体育委員に立候補した。
続きます!→