白い猫がいた。すごく綺麗だと思ってた。その猫は二日前、道路の端っこで、内臓を垂らしながら死んでいた。赤い血が濃くなってパリパリに固まっていた。 隣の家の男の子は、確かもう中学生だ。1年生か、2年生。ご近所付き合いがなかったのではないけれど、隣の家はなんというか、閉鎖的で、あまり積極的に周りと関わろうとしなかった。隣の奥さんにしろ男の子にしろ、基本的に私と目が会っても挨拶も会釈もしない。私から、奥さんに挨拶すると時々、返ってくる。男の子は、しかし、何もない。 隣の家は表札もないので、私はついに名前を忘れていた。母に聞くと、「西さんでしょう」と、言った。西さん。男の子は西くん。 「丈なんとかくんじゃなかったかな」 「なんとかッて…」 「だってもうずっと西さんとはお話してないからねぇ…じょう、じょう、丈太郎だったかしら」 「西丈太郎?」 「わかんないわ、もうお母さん記憶力ないし」 お母さんの記憶が正しいなら、彼は西丈太郎くん。 彼が、猫を殺す人だ。 私は一度塾帰りに公園を通ったとき、西くんが猫を殺しているのをみたことがある。というよりは、聞いたことがある。 みゃーみゃー鳴き声が聞こえたので暗い中猫を探すと、バンッと破裂音がして、鳴き声が止まった。そちらをみると西くんがいて、「猫、いなかった?」と聞くと、「さぁ」と言って、 公園を去った。彼がいたところには、猫の死体があった。 私は猫をどうしようという気にはならない。放っておけば、死ぬ。彼はあのままどこにもいけずに死ぬだろう。 白い猫のように。誰かの手によって。死ぬ。 午後八時頃、私は友人の家から帰宅した。家の戸を開けようとすると、にゃあにゃあと鳴き声が聞こえてきたので、その声の場所を探ると、どうやら、隣の西さんの家の庭からのようだった。 がちゃ、と西さん家の門が開き、誰かが家までの道を歩く。私は、それが西くんであることに気づいた。にゃあにゃあと鳴く猫のそばに、彼は立ち止まった。 私は、それを見つめていた。彼が何もしないので、私は「西くん」と声を掛けた。西くんは少し驚いた表情で、私を見た。 「丈太郎くんだっけ?」 西くんは途端に眉間に皺を寄せて、軽蔑の眼差しを私に向けた。 「丈一郎」 小さく、彼の声が聞こえた。私は謝って、呼びなおす。 「丈一郎くん」 猫は、にゃあ、と鳴いて、ゆったりと、丈一郎くんから離れ、ひょいと門の上に跳び乗り、私の方とは反対の、西さん家の隣の家へ移った。 「猫が、すきなの?」 丈一郎くんは、去った猫の方向を見つめながら、「別に」と、無愛想に答えた。 それに続くように、にゃー、と、先ほどの猫なのか、泣き声が遠くから、聞こえてきた。 かわいそうな猫 |