バルカローレ ―水平線の狭間の物語―

□旅日誌 vol.1
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  料理の腕前







「そういえば、みんなは料理ってできる?」


きっかけはライリーのそんな一言だった。


「できるわよ。昨日だってアタシが作ったんだし、それくらい分かるでしょ?」


呆れたように言うアメリアに、ライリーはそうではないと首を振った。


「アリィ以外のみんなは、料理とかできるのかなって思ってさ。出来る人がいたら当番回した方が良いでしょ?」

「それもそうね。で、ライは?」

「僕はちょっと自信ないな……みんなはどう?」


ばつが悪そうに笑うライリーは残る三人に尋ねた。


「それほど得意というわけではないな」

「さあ、どうでしょう?」

「……にがて」


ブルクハルト、セクトル、リトルの順で答えが返ってきたが、全員返事は芳しくない。
三人の答えを聞いてライリーは乾いた笑いを漏らした。


「そ、そっかぁ。残念」

「うーん、でも本人は苦手って思ってても味は食べてみないと分からないわよね。じゃあ今日の夜一人一品ずつ作ってみない? アタシもたまには休みたいし」


アメリアの提案に、ライリーは手を打って賛成した。


「それいいね! 僕みんなの料理食べてみたい!」

「言っとくけど、アンタも作るのよ」

「え゛!」


顔をひきつらせたライリーを見てアメリアはふふんと笑う。


「アメリアはいつも作ってくれるからな。期待には沿えないと思うが作るだけ作る」


ブルクハルトは快諾し、残る仲間も一応頷いた。


「じゃあよろしく。今晩楽しみにしてるわ」


背を向けるアメリアの後ろでライリーはあわあわと焦っていた。




そして夕食の時間。テーブルにアメリア以外の四人が作った料理が並べられた。


「さて、じゃあさっそく審査しましょ!」


機嫌良さげなアメリアが最初に手にしたのは、特に変わったところは見られない焼き魚。ライリーが作ったものだ。
アメリアに倣って他の面々も焼き魚を口にした。と、すぐに微妙な表情になる。


「げっ、生焼けね。魚の質もイマイチだし、及第点は無理よ」

「ぼ、僕が悪いんじゃなくて火が弱かっただけだもん!」

「まあまあ、別に食べられないというわけでもない。大丈夫だ」


ブルクハルトはそう言い、必死で言い訳をするライリーを宥めた。
アメリアはため息をつくと、次の皿に手を伸ばす。


「で、次はサンドイッチ?」

「ん」


次はリトルが作ったサンドイッチらしい。パンの形が歪だったり中身の具がはみ出たりしているが、食べられなくはなさそうだ。
セクトルによると、彼女の料理のレパートリーはこれだけらしい。彼は誰よりも先にサンドイッチを頬張っている。とても幸せそうだ。


「見た目はちょっとアレだけど……」


形の崩れたサンドイッチに苦笑いをしながら全員ぱくりと一口食べた。


「……い、意外といけるわ」

「そうだな、味は悪くない」

「うん。なんか懐かしいっていうか、そんな感じだね」


飛び抜けて美味というわけではないのだが、口に広がる優しい味に、初めてリトルのサンドイッチを口にした三人は驚きの表情だ。
リトル自身はそれを気に留めることなく、ブルクハルトが作った料理を食べている。


「リトは見込みがあるわね。サンドイッチしか作れないってのが痛いけど」

「火を使う料理はあまりさせたくないですからね。危ないので」

「……ほ、ほら、次食べようよ! リトが食べてるしブルックのにしよっか」


相変わらずの溺愛振りに顔をひきつらせながらライリーが先を促す。


「ってかブルック、これ夕食というかデザートよね」

「すまない、俺はスイーツ以外はてんで駄目なんだ」


苦笑するブルクハルトが作ったのは、シロップがかかったパンケーキだった。このようなスイーツは贅沢品に分類され、普段はあまり食べられるものではない。
そんなものを作るとは、さすが裕福な王国船出身者だ。
一口食べると生地の柔らかさとシロップの甘さが口いっぱいに広がる。


「こ、こんなに美味しいパンケーキ初めて食べたよ!」

「アタシも! これで普通の料理はできないとか信じらんないわ……。ねえブルック、今度作り方教えてくれない?」

「ああ、それくらいなら構わない」


料理が得意なアメリアまでもがそう頼むほど彼のパンケーキは美味だった。


「じゃあ最後、セルのだけど……」


最後に残されたセクトルの料理は海藻を使ったスープだった。
本当ならブルクハルトのパンケーキを最後にすべきだったのかもしれないが、セクトルの読めない笑みを見て嫌な予感を感じたアメリアとライリーはなんとなくセクトルの料理を後回しにしていた。
リトルが手を付けていないというのも嫌な予感に拍車をかける。


「どうぞ食べてください」

「え、えっと……じゃあ食べるよ」


セクトルの笑顔に押されたライリーがスープを見つめる。
見た目は特に変わったところのないただのスープだ。ほかほかと湯気を立てていて、むしろおいしそうに見える。
アメリアとライリーは目配せし、同時にスプーンを口に運んだ。


「……」

「……」


長い沈黙の後、二人は椅子から崩れ落ちた。


「お、おい二人とも! 大丈夫か?!」


スープを食べようとしていたブルクハルトは慌ててスプーンを置き二人の様子を伺った。
倒れこんだ二人はふるふると震えている。


「……ま」

「ま?」

「「まずーっ!!!」」


アメリアとライリーの叫びが船内にこだました。


「む、無理無理無理っ! 僕もう絶対食べない!」

「あの普通な見た目でここまで不味いとか詐欺よ! タチが悪いったらありゃしないわ! 今まで一体何食べて生きてきたのよ!」


顔を青くしながらブチ切れるアメリア。ライリーはスープの方を見ようともしない。
そんな二人を見、セクトルはにっこり笑って言う。


「普段は出前を取っていましたから」


その返答にアメリアが怒声を上げたのは言うまでもない。
こうして結局、船旅の間の料理はアメリアが担当することになった。




こういうわけで、セクトルの部屋には出前のメニュー表がたくさんあります。
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