バルカローレ ―水平線の狭間の物語―
□旅の始まり編
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「ねえブルクハルトさん」
「何でしょう、アメリア嬢」
「その『アメリア嬢』ってのと、敬語もやめてもらえる? 苦手なのよ」
「ではアメリア、と呼んでも?」
「ええ! じゃああたしはブルックって呼ぶわね。いい?」
「構わないが、俺のこともあだ名か」
「あ、ブルックって一人称『俺』なんだ」
「普段はな。さっきのは公式な場向きの話し方だ。アレは肩が凝って仕方ない」
「聞いてる方も肩が凝るわよ。そっちの話し方のほうがいいわ」
「では公式の場以外ではこちらで通すとしよう」
「了解っと。じゃあよろしく、ブルック」
「こちらこそよろしく、アメリア」
あれからこんなやり取りをして親交を深めたアメリアとブルクハルトは、船旅の末一際大きな船にたどり着いた。
アメリアが暮らしていた船の何倍もの大きさで、見上げるのにも苦労するほどだ。
「さて、着いた。ここがオーア、通称王国船だ」
「へー、初めて来たわ。当たり前だろうけど、随分とまあ大きいのね。装備も最新だわ、羨ましい。アタシの所の船にも欲しいわー」
「今回のことを引き受ければ何か報酬があるかもな。では、早速国王と会ってもらうが、心の準備はいいか?」
「え、何か準備した方が良かった?」
船をキョロキョロと見渡すのを止めて自分の方を見るアメリアに、ブルクハルトは笑った。
「いや、特に必要ない。アメリアは随分と度胸が据わっているようだな」
「アタシの故郷の船の危機ってんなら、気遅れなんかしてらんないしね」
「それは頼もしい。では、ここからは公式の言葉遣いに戻しますよ、アメリア嬢。王の前では貴女も少し丁寧な言葉遣いをお願いします」
「はいはーい、分かりましたよー」
不満そうなアメリアに苦笑しつつブルクハルトは王の元へと先導する。
途中で他の騎士の男性と数回すれ違ったが、そのたびにブルクハルトは声をかけられていた。
「騎士団長! お戻りですか!」
「ああ、今戻った。王様はどちらへ?」
「いつもの場所ですが……騎士団長、もしかしてこの人が?」
「詳細は追って連絡が入るだろう。ほら、各自持ち場に戻った戻った」
アメリアは、さらりと騎士たちを軽くあしらい指示を飛ばすブルクハルトを穴が開くほど見つめた。
「……ブルックって、実は結構偉い?」
「私自身が偉いかどうかは分かりませんが、国王より騎士団長の任をいただいております」
「やっぱり偉い人じゃん」
「お気になさらず。それより、もうすぐ着きますよ」
「げっ」
嫌そうな顔をしながらも服装を少し正したアメリア。
それを確認するとブルクハルトは最後の角を曲がり、大きな扉の前で声をかけた。
「騎士団長ブルクハルト・ロディアルタ、任務を終え只今帰還いたしました」
「入れ」
「失礼いたします」
中から開けられた扉の向こうには長い通路があり、分厚く高価そうな赤い敷物が敷かれている。
その向こうには頑丈な玉座に座る壮年の男性の姿があった。どうやらこの男が王らしい。
二人はしずしずと王の前に進み出た。
ブルクハルトが頭を下げるのを真似して、同じように王に頭を下げるアメリア。
「よく戻った、ブルクハルトよ」
「有難うございます」
「では、そちらが?」
「はい。こちらが、近年稀に見るラルムへの強い適性を示したラルムの子です」
「ほほう。ラルムの子よ、頭を上げよ」
アメリアはゆっくりと顔を上げた。
「どちらの出身か?」
「闘技船、ギュールズの出身です」
「ほほう、あの船の」
王の品定めするような視線に、元々短気なアメリアは眉を顰めそうになるのを必至で抑えた。
闘技船と聞いただけで人は、特に上流階級の人は見下すことが多いのだ。
(どーせ野蛮な闘技船出身ですよーだ)
アメリアの不機嫌を悟ってか、ブルクハルトが口を開いた。
「王様、時は一刻を争います。早速アメリア嬢と共に、ラルム・ジュエルを集めに向かわせていただけませんか?」
「そうだな、だがその前に一つだけ。ブルクハルト、そちらのカーテンを開けてくれ」
ブルクハルトは言われた通り、部屋の右端にあったカーテンを開けた。
そこには半透明の無骨なケースに収められた、なにやら光る物がある。
「アメリアとやら、そのケースを開けてくれ」
「分かりました」
アメリアは渋々そのケースの蓋を取った。王は続けて指示を出す。
「その中身を手に取ってみよ。よく見てくれて構わないが、あまりこちらに近づけぬよう」
「……これでいいですか? コレって一体……?」
指先で淡く光る砂粒をつまみ、手の平に乗せる。
アメリアは顔を近づけてそれをしげしげと眺めた。
「体に変化は?」
「うーん、力が湧いてくるような気はするけど、それ以外は特に変化はないわ……です」
うっかり敬語を忘れていて直したが、王は特に気にしていないようだ。
意外と話しやすい人なのかもしれない、とアメリアは王への認識を改めた。
「成程な。それはラルム・ジュエルのかけらだ」
「え、コレが?」
手の上の光る砂粒がこれから集めなければならないラルム・ジュエルそのものだと知り、よく見ようと顔を近づける。
王は満足そうに頷いた。
「嘘は言わん。砂粒ほどの大きさだが、、常人がそれに触れると発狂死するとか」
「え゛っ?!」
アメリアは半ば投げ捨てるようにしてその砂粒を元に戻した。
それだけでは気が収まらなかったのか、部屋中に響くような大きな音を立てて蓋を閉める。
「そっ、そういうことは先に言って!……くださいっ!」
「ラルムの子ならば平気かと思ってな」
(そう言う問題じゃないだろーが! 殺す気かっ!)
敬語を放り出しかけたものの、つい飛び出しそうだった盛大なツッコミを心の中に抑えられたことにアメリアは自分を褒め称えた。
きっと王に悪気はないのだろう。少しばかり考えが足らないだけで。
かっかっか、と明るく笑う王にブルクハルトも苦い顔をしている。
もしかすると彼も普段から王に苦労を掛けられているのかもしれない。
「では、資金はこちらで。船と航海士の手配はしてあるから気を付けて行ってくるといい。ブルクハルト、護衛を任せた」
「了解いたしました。私の命に代えても」
「ちょっ、え、まっ」
王から資金を受け取ったブルクハルトは、まだ文句を言いたそうなアメリアの上着の裾を小さく引っ張ってその場を離れた。
その判断は、おそらく正しい。