短編以上長編未満

□光ある国
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『光ある国』



シャイン歴2828年。ルクス王国はピッカリン16世という王の治世の時代だった。

権力の世襲は腐敗を招くというが、ルクス王国は珍しいことにそれが当てはまらなかった。
ルクス王国は16代続く世襲の王政国家だが、酷い悪政を行うわけでもなく国民は大きな不満を持ってはいない。
貧富の差はあるが、国の保護が全くないわけではないため生活は送っていける。
人同士の多少のいざこざや犯罪はあるものの、飢饉も無ければ戦争もない、そこそこ平穏な時代であった。

そのような時代では王も特にやることがなかったのか、特に目立った功績も失態もない。
ピッカリン16世は悪王でも善王でもなく、特別嫌われることもなければ好かれることもない、普通の王であった。

だが、ピッカリン国王には一つだけ大きな悩みがあった。


「ピッカリン様、本日のお召し物をお持ちいたしました」

「うむ」


いつものように平和な朝、ピッカリン国王は普段通り召使に着替えの手伝いをさせる。
そして大きな姿見で自分の姿を確認した。
と、ピッカリン国王の眉間にぐっと皺が寄せられた。


「歪んでいるではないか! 早く直すのじゃ!」


召使は慌てて国王の頭に手をやると、彼の髪――正確には特別製のカツラである――の位置を正した。

そう、ピッカリン国王の唯一の悩みは、髪がないこと。彼は、ツルツルのハゲだったのだ。


幼少のころからピッカリン国王は薄毛に悩まされてきた。
実は、16代続くルクス王国の王全員が共通して同じ悩みを持っていた。
そのせいかルクス王国は、平和な世の状勢とピッカリン王のハゲをかけて"光ある国"と呼ばれている。
平和なルクス王国への羨望と、特筆した欠点がないピッカリン王家唯一の悩みを見事に言い表した異称は、他国でもよく知られている。
ピッカリン国王一族のハゲの話は国内だけでなく国外にも有名なのだ。

現王ピッカリン16世も例に漏れず、髪の毛が生えそろうのが非常に遅かった。
赤ん坊の頃はそれでもよかったが、徐々に成長していくとその遅さははっきり分かり、幼少の頃は帽子が手放せなかった。
髪が生えてからはそれはそれは歓び、禿げることを危惧して丹念にケアをしていたものだ。
にもかかわらず、髪が抜けるのはとても早かった。
結果、若くして見事なハゲ頭。

王という高貴な身分であるため直接そのことに触れる臣下はいなかったが、逆にその態度が腫れ物に触るようで、彼は酷く気にしていた。
大臣たちがひそひそと耳打ちしていれば自分のハゲを噂しているように感じ、常に人々の視線が頭に集まっているように思っていた。


「まったく。どいつもこいつも、わしの頭を気にしおって」


ピッカリン国王にとって、ハゲは永遠に克服することのできない大きなコンプレックスだった。

抜け毛から逃れようと、ピッカリン国王は色々な努力をしていた。
髪に良いという高価な薬のうわさを聞けば遠方から取り寄せ、マッサージが良いと聞けば国中から一流のマッサージ師を募った。
育毛剤も幾度となく試し、挙句の果てには怪しげな祈祷師に祈らせもした。
しかし、どれも全く効果がなかった。
遺伝の力であろうが、ここまで来るともはや呪いである。

ふと周りを見れば、碌に努力もしていないくせにフサフサと自前の髪がある者ばかり。
一方、どれほど力を尽くしても一族と同じ道筋をたどって禿げていく自分の頭。

気にしなければよかったのかもしれないが、不幸なことにピッカリン16世は前王たちよりややナイーブだった。
髪のある者が自分を嘲っているように彼は感じていた。
ツヤツヤ、ピカピカ、薄い、等の言葉を聞くたびにピッカリン国王は大きく反応する。


「髪のある無しが何だというのじゃ!」


そんなピッカリン国王にとって、カツラをつけている少数派の者たちと話す時間が安らぎの時間だった。

ハゲという共通の悩みを前にして、身分の壁などなかった。
同じ悩みを語り合い、時には笑い、時には涙する中で、ピッカリン国王は彼らとの親睦を深めていった。
そして、あることを思いつく。


「……そうじゃ!」


それが全ての始まりだった。
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