短編以上長編未満

□光ある国
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少数者優遇強化法の威力は大きかった。
この法律には、頭が禿げた者に対する特権とそれに逆らうものへの厳罰が明記されていた。
次第に国中の重要な役職はハゲの者が占めるようになり、髪が十分にある者はもちろん薄毛の者にとっても少々肩身が狭い状況となっている。
禿げている者を羨ましがり、美容院はスキンヘッドの注文ばかり。
それでもハゲに抵抗がある者達は己のヘアスタイルを堅持していた。

こうして人々の間に派閥ができた。


一つ目は、以前のまま自分のヘアスタイルを貫き、行き過ぎた少数者優遇強化法に異議を唱える者たちで構成された保守派。ハゲているというだけで特権を握った者を蔑視し、ハゲは悪だとしている、通称地毛派。

二つ目は、ハゲでも地毛でもいいじゃないかという、薄毛の者中心の派閥。少数者への差別は悪しき慣習としているが法律にも問題点があると指摘している穏健派。通称カツラ派。

そして三つ目が、ハゲが至高だとして法律を全肯定し、ハゲの権利と地位向上を主張する急進派。通称ハゲ派。


この三つの勢力が日々小さな諍いを繰り返していた。
それぞれがそれぞれの立場の正当性を主張し、一歩も譲らない。
今のところは国の法律に保護されたハゲ派が優勢だった。

そんな折、ルクス王国に大事件が起こる。



「ピッカリン様! 敵兵は国境付近で野営をしています。どうなさるのですか?!」

「ふぅむ、どうしたことか……」


平穏で知られるルクス王国を妬んだ他国から兵士が送り込まれてきたのだ。
彼らはルクス王国に対し、従属を要求している。
ルクス王国としては勿論要求をすんなり飲むことなしないが、徹底抗戦できるかと問われると難色を示さざるを得ない。
この国は長期間平和だったこともあり、兵の訓練にあまり力を入れていなかった。
国防がしっかりできているとは言い難く、純粋な兵力で争えば負けることは火を見るより明らかだった。

敵国の兵士に囲まれた今の状況は、まさにルクス王国史上最大の危機であった。
ピッカリン国王も頭を抱えてしまい、どうすればいいか分からない様子だ。
このような危機に陥ることはずっとなかったのだから、対応の仕方が分からなくとも仕方がないのかもしれない。
しかしそう悠長なことは言ってはいられない。

ピッカリン国王は重苦しく命令した。


「……日の出と同時に攻め込ませるのじゃ」

「し、しかし! 我が国の兵では勝ち目はありません!」

「他にできることはないじゃろう! 従属などもってのほか、ならば戦うまでじゃ。それ以外に何もできん」


肩を落として寝室に引きこもるピッカリン国王。
気のせいか、彼の頭の輝きも小さくなったように見えた。
フッサール大臣は拳を握りしめ、仕方なく指示を飛ばす。


「もうこの国は終わりだ……」


無力感に打ちひしがれるフッサール大臣。
だがどうすることもできない。

ここは王宮、もし敵国に攻め込まれたらここが標的になることは確実。
死を覚悟して、フッサール大臣は家族に当てた遺書を書いた。
明日にも攻め込まれ、重役の自分は殺されるかもしれない。そう思うと筆をもつ手が震える。


「せめて結婚くらいしたかった。見栄を張らずスキンヘッドにしていたら結婚できたのか……?」


バリカンを手に取り、しかし決心がつかない様子でバリカンを投げ捨てた。
積み上がる書類を前にしても、執務をする気は起きない。
フッサール大臣は仮眠をとるためベッドにもぐりこむと、乱暴に毛布をかぶった。



 *  *  *



翌朝。
凶報を待っていたフッサール大臣は、いつもと同じ朝日を迎えた。
そしてもたらされたのは、ルクス王国の兵が敵兵を蹴散らしたという信じがたい報告だった。


「な、なんと! それは本当か?!」


にわかに信じられず、何度も確認するフッサール大臣。だが確実に、敵より弱いはずの自国が勝ったという。
その詳細は帰還した兵から告げられた。


「それは夜が明けたときのことでした。我々は命令通り、日の出とともに襲撃をかけたのです。すると……」

「すると、なんだ?」

「す、すると、敵は『眩しい! 目が!』などと言いながら撤退していったのです!」

「……ああ、成程」


フッサール大臣は兵の頭を見て遠い目をし、納得した。


(そういえば兵の間でもスキンヘッドが流行っていたな……)


兵士の頭は、窓からの光を反射して燦然と光り輝いていた。
これがたくさん、しかも日の出に突然攻めて来たら、それはそれは眩しかっただろう。
ハゲに悩まされた国王の国が、ハゲに救われるとは。
運命のようなものを感じながら、フッサール大臣は乾いた笑いを漏らした。

こうしてルクス王国の平穏は保たれ、圧倒的な勝利は他国の襲撃の足を鈍らせた。
奇跡的な勝利をあげたその戦いは後に、『後光の戦い』と呼ばれるようになった。
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