思えばあれが始まりだった。
極力他人と関わることのないように過ごしていた日々が、変わりゆく切っ掛けになったあの瞬間。いつもなら何気なく流してしまう、そんな一場面でしかなかったのに、何かが気になって仕方がなかった。今ならその正体が解るけれど、当時は不思議でしかなかったなぁ……と、まださほど昔とはいえない過去を振り返って、クスリと笑う。
碓氷は屋上に寝そべり、初夏が近付き日増しに暖かくなってきた午後の陽射しを浴びながら、約1年前のことを微睡みのなかで思い出していた。

男嫌いを公言していただけあって、美咲の男――特に碓氷への態度のキツさは時に理不尽と言ってもいいことさえあった。それでも時折見せる素直な反応に、心の奥底にある何かが揺さぶられている自分を自覚して、それがまた心地好いものだったりしたものだから、碓氷はますます美咲にまとわりつき、ちょっかいをだした。
そして碓氷としては思い切って近付くためにとった行動が美咲には逆効果だったようで、結果として大して近くなかった距離は縮まるどころかさらに離れてしまった。

“愛だの恋だのどうしてそんな厄介な感情に流されてるんだろう。物事を合理的に考えられなくなるのにそれを分かっていても自制がきかないとか心底面倒臭いよ”

いつか碓氷自身が言った台詞だが、これは少なからず美咲も思っていたことでもある。
男を信用できない美咲。
他人に興味がない碓氷。
恋愛に否定的だった二人が今では歴とした恋人同士になった。周りは皆驚いていたが、一番信じられないでいたのは当の本人達かもしれない。誰かを好きになるなんてあり得ないと思っていたのだから。
両想いになるまでもなってからも、二人の周りは騒がしくて、ゆっくり気持ちを育むなんてことは土台無理だったが、碓氷はそれでも満足していた。
元々二人のスタートラインは違っていて、ようやく美咲の気持ちが碓氷と同じ位置にまで追い付いたのだ。

碓氷は自覚的に。美咲は無意識に。お互いに相手を想うようになったのはあの時から。
碓氷は体を起こすと、定位置となった場所から眼下のプールを見下ろした。そして懐かし気に瞳を細めて胸中で呟く。
確信をもって言える。
あの屋上でのキスが二人の始まりだったと。


『始まりの合図のキス』


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