Under

□非降伏宣言
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つつがなく卒業式も終わり、名残を惜しんでいた生徒達も帰り始めた校舎は、いつもとは違う寂寥感に包まれていた。
それは職員室でも同じで、特に3年生を担当していた教師達は、肩の荷が下りた安堵感とともに、手がかかるほど(いわゆるバカな子ほど)憎めなく思える生徒達との別れを寂しく感じていた。

実際には、合否発表がまだ先の大学もあるために進路が確定していない生徒もいるのだから、完全に荷が下りたわけではない。
それでも、卒業式というこの区切りの日に浸ることも大事だと、言葉にしては言わないが皆が思っていた。

副担任ではあったが、やはり3年生のクラスを受け持っていた美咲も同様で、自席で仕事をしながらも時折窓の外を眺めて、卒業する生徒達の姿を感慨深げに見送っていた。

仕事も一段落し、自分もそろそろ帰ろうと机の上を片付け始め、引き出しを開けた。するとそこには見覚えのない紙片が入っていた。二つ折りにされたそれを取り出し中を見る。

『教室で待ってる』

ただそれだけ書かれていただけだったが、見覚えのある筆跡に、知らず溜め息をついた。


すでに陽は落ち始め、残る朱い光が紫黒の夕闇へと変わりつつある空を見ながら、碓氷は机に座り美咲を待っていた。
時間もどの教室かも記さなかったあのメモ。それでも碓氷は、美咲はきっとここに来ると確信していた。
無視することだってできるのにしない。妙に律儀な彼女を想うと口許には笑みが浮かぶ。

背後でドアの開く音がする。碓氷がゆっくり振り返ると、そこにはやや不機嫌そうな顔をした美咲が立っていた。
美咲は眼鏡の奥の瞳を細めて碓氷を見た。逆光のせいで眩しいせいもあったが、何よりも碓氷の表情が直視できなかった。

「…まだ残っていたのか?」

「美咲センセーを待ってたから」

笑顔のまま言った碓氷が戸口に近付く。
美咲の肩を引き寄せると静かに扉を閉めた。カチャリと内鍵のかかる音が聞こえたが、美咲は碓氷を睨み付けたまま黙っていた。

碓氷は美咲に笑いかけたまま、いつかのように美咲の髪留めを外す。指で梳いて整えると一房摘んで口許に運んだ。

「俺、下ろしてるほうが好みなんだよね」

「お前の好みに合わせる気はない」

美咲は碓氷の手を払い除けると、髪留めを取り返そうとした。しかし碓氷はそれを避け、髪留めを持った手を挙げる。20cm以上も身長差がある上に手を挙げられたら美咲には届くはずがない。それでも美咲は取り返そうと手を伸ばす。
碓氷はその手を掴むとおもむろに美咲の唇を奪った。

「卒業したんだし…いいでしょ?」

「3月一杯はまだここの生徒だ。コドモに興味はないと言っただろう」

にやりと笑う碓氷に、美咲は溜め息をつくと変わらず冷ややかに碓氷を見る。

「すぐにコドモじゃなくなるんだから、今のうちに手に入れたほうが得だよ?」

「私に青田買いをしろと?」

ハッと笑った美咲は、至近距離にある碓氷の顔を下からねめつけて見くだすように笑う。

「お前にそれだけのものがあるのか?」

「だって俺だもん♪ 試してみる価値はあるよ?」

「大した自信だな」

互いに強い視線を交わしながら、碓氷は美咲の首筋から後頭部へと手を移動させる。美咲は碓氷の目を見つめたままで、その瞳の強さに碓氷の笑みは深くなる。

この瞳…愛おしさとともに沸き上がる征服欲と支配欲。この強い瞳に捉えられ、かつ、屈伏させたい…と碓氷は望んでいた。
美咲の手が碓氷の首許に伸びる。同時に碓氷が美咲を引き寄せ、見つめ合ったまま唇を重ねた。
繰り返す口付けの最中、美咲の手が碓氷のネクタイを弛める。挑発するような目付きで見上げてくる美咲に応えるように、碓氷の手も美咲の服に伸びた。

重なった影は、濃さを増した夕闇に紛れるように溶け、2人は一線を越える。


薄闇の教室に、微かな荒い息遣いと水音が響く。乱れた着衣のまま向かい合い、律動を刻む2人の肌はうっすらと汗ばみ、互いに触れるたびに甘美な感触を伝え合っていた。
碓氷は、教壇に座った自分に跨る美咲を見上げた。快楽に身を委ねていても自分を見失わず、未だ碓氷の許に堕ちてはこない美咲を恨めしく思い、また、それ故に想いが募る。
手を伸ばして美咲の眼鏡を外すと、両手で顔を包むようにして引き寄せ、舌で美咲の唇をなぞった。
口付けることなく絡み合う舌。離れた隙に漏れる嬌声が最後が近いことを告げていた。

「…っ…ぅ、んんっっ」

突き上げる速さを増し、さらに奥へと侵入させると美咲が一際高い声をあげて果て、碓氷もその後を追った。

荒い息を整える間もなく碓氷が美咲の唇を捉える。碓氷の肩に置かれた美咲の手が首に回り、零れる吐息にわずかに甘さが滲んだことに気付いた碓氷は、満足気に口許を歪めた。


衣服を直し髪を纏めた美咲は、まだ着乱れたまま座っている碓氷を見た。
碓氷は見蕩れるように美咲を見つめており、視線が合うとゆっくりと笑う。
美咲は、傍らに落ちていたネクタイを拾うと碓氷の首に掛け、そのまま胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「あれだけ大口叩いたんだ。期待を裏切るなよ?」

口角を吊り上げて言うと、当然、とばかりに同じように弧を描いている碓氷の口に口付けた。


end.(2009.11.10)

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