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□酒癖
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ただいま、といつもより小さな声で帰ってきた碓氷は片手で額を押さえて少しふらつきながらリビングに入ってきた。

仕事で断れないと上司に泣きつかれて付き合いの席に無理やり出されることになったと、不機嫌そうに連絡をしてきてからまだ2時間も経っていない。

「早かったな」

美咲は読んでいた本を閉じて脇に置くとソファから立ち上がりながら声をかけ、ふらついている彼に手を貸してソファに座らせる。

「嫌な奴がいたから、さっさと帰ってきた」

上着を脱ぎネクタイを緩めた碓氷は背もたれに寄りかかり少し辛そうに言った。その頬は珍しく赤くなっている。
酒に強いはずのコイツが酔うなんて、どれだけ呑んだんだろうか…と美咲は内心不思議に思うが声にはださず、「水持ってくるから」とキッチンに向かった。

冷蔵庫からミネラルウォーターのPETボトルを取り出してリビングに戻り碓氷に手渡す。二口三口と水を飲んだ碓氷はボトルをテーブルに置くと、おもむろに美咲の腕を取り抱き寄せた。
自分の膝の上に美咲を座らせるようにすると何事かと問いただそうと振り向いた美咲に口付ける。
抵抗する美咲を押さえるようにその身体に腕を回し、軽く触れるキスを繰り返した。合間に舌を侵入させて絡め合うとまた触れるだけのキスを続ける。さらに時折頬や鼻や瞼、それに耳や首筋にもキスを落とされて美咲の顔は段々と朱色を濃くしていった。

そのうちに碓氷は美咲を抱いたままずるずると身体をソファの上に倒していく。驚いた美咲が身体を起こそうとすると、碓氷は呆気なくそれを許した。ただし腕は美咲の腰を捕らえたままだ。
ソファに座った美咲の腹部に顔を押し付けるようにして膝枕をさせた碓氷は目を閉じながら「…眠い…」と一言呟いた。

「…寝るなら着替えてベッドで寝ろよ」

「ちょっと寝れば醒めるから…このまま…」

呆れたように言った美咲の言葉に、目を閉じたまま嫌々をするように顔を擦り寄せて返事をすると、ぎゅっと美咲を抱く腕に力を入れた。

美咲は仕方がないとでも言うようにひとつ溜め息をつくと、先程碓氷が脱いで背もたれに放っていた上着を手に取り彼に掛けてやる。子供を寝かし付けるように肩の辺りをぽんぽんと軽く叩いていると、しばらくして規則正しい寝息が聞こえてきた。

―――――――――――――――

「――…んん〜…」

「起きたか? まだ30分位しか経ってないけど、少しは醒めたか?」

首を動かして美咲を見上げてくる瞳は、寝起きということもあって少し緩い。頬の赤みは大分なくなっていたがやはり酔いは残っているようで、仰向けにした自らの額の上に美咲を抱いていた腕を解いて乗せると溜め息に似た息をついた。

「初めてじゃないか? お前がそこまで酔うなんて…どれだけ呑んだんだよ?」

「量は呑んでいないと思うんだけど…まぁ強いて言うなら嫌な奴がいたから? あと度数が高い酒だったからかな」

美咲は自分の問い掛けによく判らない返答をされて顔一杯に疑問符を浮かべた。そんな美咲を見た碓氷はうっすら笑みを浮かべてさらに言葉を続ける。

「その嫌な奴が絡んできたから、注ごうとしてたボトル引ったくって一気飲みして帰ってきたんだよ」

「一気飲みって…お前…そういう呑み方は止めろよ…」

「だって絶対ねちねちとしつこく絡んでくるに決まってるし。早く帰りたかったのに、変態お兄さんの相手なんてして時間とられるのなんて嫌だったから」

あいつが居たのか…と顔をしかめた美咲の脳裏には、厭味ったらしく笑う関西弁の男の顔が浮かんだ。ちょっかいをだしてきてはこちらを不愉快にさせる、正直もう関わりを持ちたくない相手だ。

「……平気か?」

ムカツク奴とはいえ仕事相手。仕事に支障がでるんじゃないかと危惧した美咲の言葉を碓氷は軽く流す。
上司も居たしそもそも直接の取引先じゃないから平気だよ、と碓氷は大して気にもとめていない様子だ。しかし口許は微かにつまらなそうに歪めて美咲を見上げていて、ポツリと呟いた。

「ま、お陰で早く帰ってこれたんだからいいか…」

片腕を伸ばして美咲の頬の横に流れる髪を指で梳く。何度か梳くのを繰り返して髪の感触を愉しむと指の背で美咲の頬を撫でた。
くすぐったい感触に美咲は顔を背けようとしたが、後頭部に移動していた碓氷の手が押さえつけていてできなかった。
そのまま下へと引き寄せられ、頭を持ち上げてきた碓氷の顔が間近に迫り唇が重なる。それはすぐに離れたものの、身体を起こして美咲の隣に座り直した碓氷が再び顔を寄せさらに口付けた。

「折角ミサちゃんとゆっくりできる週末なんだし」

また繰り返される…今度は最初から深いキスに美咲は抵抗する力を奪われる。
碓氷の口内に僅かに残る酒の味と帰ってきてからずっと感じていたアルコールの匂いに、弱いとは言わないが強いわけでもない美咲は酔ったようだ…と思った。

碓氷の肩に置いていた美咲の手が弱々しくシャツを掴むのとほぼ同時に、口の端から溢れた唾液をぺろりと舐めて碓氷が一端離れた。
荒くなった息を整えている美咲に向かって意地悪くニヤリと笑うと、美咲を姫抱きにして立ち上がる。

「さっき他の男のことを考えてたお仕置きしなきゃね」

寝室に向かいながらなおも笑顔のまま言い放つ碓氷に、ぎょっとした美咲はアホかっと頭を叩く。
しかし碓氷は怯むこともなく美咲の耳許に口を近付けて囁いた。

「大丈夫。ちゃぁんと待っていたご褒美もあげるからv」

ちゅっと先んじて口付けて美咲の反論を封じ込める。真っ赤になった美咲が眉間に皺を寄せて碓氷を睨んだが、効果がないことは美咲自身解っていた。
それでも悔しさが納まらない美咲は、何か反撃の手立てはないかと考える。

酒に酔った碓氷のキスによってもたらされた熱はすでに全身に巡っていた。美咲は酔ったように熱に浮かされた頭で悔しいと思いながら、今日ぐらいは大目に見てやる…と碓氷の首に抱き付くように腕を回すと、寝室のドアが閉じる瞬間に自分からキスをした。

重なった唇を離すことなくベッドに美咲を横たえた碓氷は、そのまま美咲に覆い被さりキスを続ける。その間も碓氷の手は動き、美咲の服のボタンを外していった。

肌蹴たシャツから覗く胸の谷間に唇を滑らせていくと、美咲が小さく声を上げる。
それを聴いた碓氷は満足そうに口角を上げ美咲を見下ろした。

「珍しく美咲からキスしてくれたからお仕置きはなしにしてあげる。代わりにご褒美をいっぱいあげるね」

言いながら自分のシャツを脱いでいく碓氷の姿は、弱く点けたスタンドライトの頼りない光のなかで妙に艶かしく美咲の瞳に映り、赤面しつつも見蕩れてしまっていた。
そんな自分の姿が碓氷にも同じように見えていて欲情を煽っていることなど美咲には思いもよらない。

碓氷の手が美咲の衣服を剥ぎ取っていき一糸纏わぬ姿にしていく。美咲は羞恥から固く目を瞑り顔を横に向けていたが、頬に添えられた手の感触にそろそろと目を開けていき、顔前にあった相手の目と視線を合わせた。
見つめ合ったまま口付けを交わす。口内に舌が侵入してきて応じるうちに美咲の瞳は誘うように伏せられていった。

キスの最中にも碓氷の片手は美咲の胸をまさぐり、やがて胸への愛撫に舌も加わる。胸の突起を重点的に攻められて、美咲は段々息を切らせていく。
もう片方の手は腰に添って下へと移動していき、美咲の内腿をゆっくりと撫でていた。上から下へ、下から上へと愛撫する様はまるで焦らしているようでもあり、中心に辿り着いたときにはそこはすでに濡れていて抵抗なく指を迎え入れた。

挿入した指で内壁を弄りつつ、隠れていた芽を親指で触ると美咲の躯がビクンと跳ね、それによりナカの指を締め付けてしまい声にならない声を上げる。

いつも行為の最中、美咲は声を抑えている。自分のものでないような声を聴くのが嫌なのだろう。最も碓氷はいつもわざと口許を抑える手を退かしたり噛み締めている口を緩めさしたりして、美咲の声を聴きたがる。堪えきれなくて漏れてしまう喘ぎ声は、美咲自身はおろか碓氷もたぎらせていたから。

しかし碓氷は今はいつものように声を我慢することを止めははしなかった。なぜなら碓氷にもう余裕がなかったからだ。
いつも以上に美咲を求めて止まない衝動を抑え切れず、指と入れ替えに猛る自身を美咲に挿入した。
些か性急な行為だったが美咲は受け入れ、あまつさえ突き上げる動きに合わせて僅かに自ら腰を揺らめかしていた。

互いに貪欲に求めあい、何度目かの絶頂に至ったあとの混濁した意識のなか、美咲は“あんなにキス責めにされたら私が保たない…”と、いつもと違う碓氷のキスに欲情してしまったことを反省し、今後呑ませ過ぎないことを決心していた――


end.(2009.10.10)

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