Short

□春、遠からじ
1ページ/1ページ


柔らかな午後の日差しが差し込むリビング。
ソファにもたれている碓氷が床に敷かれたクッションの上に座り込んで、膝の間に納めた美咲を背後から抱き締めて太陽と美咲の体温の温かさを堪能していた。

当初こそ恥ずかしいからと抵抗していた美咲だったが、いくら逃げようとしても結局は碓氷の望むようにされてしまうことにもはや諦めて、今では大人しく納まっている。
もっとも今の季節はくっついていた方が温かいというのもあるようだが。

「欲ってさ…消えるどころか増えるばかりだよね」

「は?」

美咲の肩に顎を乗せるようにしてさらに密着した碓氷は、しみじみと呟いた。

「最初は見てるだけで良かったんだ。それだけでも楽しかったし。でも、好きになってからは物足りなくなってきて…」

「……」

美咲は読んでいた雑誌から目を上げて、右肩に載っている碓氷の顔を見るために首を動かした。

「自分のモノにしたくて…手に入れてからは離したくなくて…結婚しても、ずっと2人だけでもいいと思ってた。2人で居られればそれだけでいいやって…」

黙ったまま美咲は碓氷を見つめ、次の言葉を目線で促す。

「…実は今でもちょっとだけそう思ってる…でもそれ以上に“家族”が増えるのが待ち遠しくて…嬉しくて仕方がない」

言いながら碓氷は、膨らみが目立つようになった美咲のお腹を愛おしそうに撫でた。

「昔からは考えられないよ? この俺が家族を…自分の子供を欲しいと思うようになるなんてさ。欲深くなるもんだよねぇ…」

美咲はお腹を撫でる碓氷の手に自分の手を添えて、軽くあやすように叩いた。

「今は1人でも充分だけど…きっとこの先、2人3人と欲しくなるだろうと思う。その時は…産んでくれる?」

「…そんなの訊くことじゃないだろ。…産むに決まってるんだから…」

私だって欲しいと思うから…そんな想いで返す美咲の言葉に、碓氷は心底嬉しそうに破願した。

「…ん。じゃあ2人っきりの愉しみは老後まで我慢しとくv あ、もちろん産まれてくるまでは遠慮しないけどね♪」

「…いや、少しは遠慮してくれ…頼むから。それにしても老後って…」

どれだけ先だよと呆れた美咲だったが、碓氷の笑顔につられて微笑んだ。

「ホント、待ち遠しいなぁ…」

お腹の中の子に語りかけるように美咲の腹部を撫でながら言う碓氷に、美咲は背中を寄りかからせた。

「春には逢える。…すぐだよ」

「…うん」

春を待つ、うららかな冬の日の会話――


end.(2009.12.22)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ