Short

□誘い izanai
1ページ/1ページ


目を覚ました美咲の瞳にうっすらと茜色に彩られた天井が映る。視線を巡らせると、すぐ横で微笑しながら美咲を見ている彼と目が合った。

「…起きた?」

言いながら優しく頬を撫でる。くすぐったいのと恥ずかしいのとで、美咲は顔に熱が集まってくるのが判った。

「…――今、何時だ…?」

誤魔化すように視線を外しながら呟く。
サイドテーブルに置いてある携帯を取ろうとして、身を起こした碓氷が背中を向けた。その背中にいくつかの赤いアトがあるのが視界に入り、美咲の熱がさらに上がる。
意識して付けた訳ではない、夢中でしがみついた際に付けた爪のアト。

美咲は掛布で躯を隠して起き上がり、相手の背中に指を伸ばす。そっとなぞるように傷に触ると碓氷の肩がぴくりと震えた。
首だけを動かして振り返った碓氷に見えたのは、背中に顔を寄せてくる美咲の頭。何を…と問う前に答えが与えられた。美咲が自分が付けたアトをぺろっと舐め、口付けたのだ。
驚いた碓氷が身体ごと美咲に向き直る。そこにいたのは、わずかに開いた唇から舌を覗かせて窺うように上目遣いで見上げているオンナの顔をした美咲だった。

「ねぇ…それわざと? そんな顔されると…ゾクゾクするんだけど…?」

珍しく顔を赤くして、口許を笑みの形にした碓氷が美咲の耳許で囁く。耳たぶを軽く噛み頬の上を滑らせるようにして唇を移動させると、言葉を発しようとしていた美咲の口を噛み付くようなキスで塞いだ。

肌寒くなってきたこの時季特有のせっかちな太陽が早足で地平に向かい、世界が朱に染まっていく。
再びベッドに身を沈め、深いキスを繰り返す二人の頬がさらに紅くなっていたのは、窓から射す光の所為だけではないことをお互いだけが知っていた。


end.(2009.10.03)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ