Short
□苦く、甘く
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「何してるんだ?」
メイド・ラテのスタッフルームに仕事を終えた美咲が入ってきた時、そこには小振りの容器に入った果物を前にして考え込んでいる碓氷の姿があった。
「んー…店長にコレを使った新作スイーツを考えて欲しいって頼まれた」
碓氷の手が容器の中から一粒果実をつまみ上げる。
「新しくできた品種で、このまま皮ごと食べられるんだって」
はい、と美咲の口許に濃い赤紫に熟した葡萄を近付けた。躊躇している美咲にクスッと笑った碓氷は、味見用だから大丈夫と、美咲の唇にさらに近付ける。
美咲は困ったように差し出された葡萄を見ていたが結局は顔を近付けて口に含んだ。
碓氷の指から離れた果実が、まだその皮を破ってはいないのに甘い味がするのは気のせいか。
何となく理由が解ってしまうのを悔しく思いながら、美咲は口内の果実を咀嚼する。とたんに溢れた果汁の紛れもない甘さに素直に感想を口にした。
「すごく甘くて美味いな…これ」
「だね。下手に手を加えるよりシンプルにしたほうがいいかもね」
碓氷も一粒頬張り同意した。そしてまた一つ手に取り美咲に向ける。今度はさほど間を空けずに口にした美咲を見て嬉しそうな表情を浮かべた碓氷。
ぷつっと歯で破った皮の僅かな苦味がその中にある果肉と果汁の甘味を増す。
目の前にいる碓氷の表情に、美咲は口の中一杯に広がる最初よりも甘い味が果実がもつそれだけではないことを実感して、戸惑う気持ちごと飲み込んだ。
やがてはその味わいが身体中に行き渡ることを予感して――
end.(2009.08.02)