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□赤い月
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日が暮れ始めて段々と薄暗闇に包まれている帰り道。
ふと顔を上げると、やけに赤さが目立つ月が目に入る。
嫌な色だな――
理由もなく胸の内に湧き上がる嫌悪感。
しかしどこか惹かれているのも事実で。
足を止めて見上げたまま自分の気持ちを掴みかねていた。

「会長?」

背後からの呼び声に我に返り、緩慢な動作で振り返る。

「……碓…氷……」

返事をして相手を見たが、少し離れた碓氷の姿は闇に紛れてその表情が分からない。
なんとなく……頭上の月と姿が重なる。あの…赤すぎる上弦の月。
とたんにさっきまでの気持ちが蘇ってきて、困惑したまま碓氷を見つめていた。
私の様子がいつもと違うことを不審に思ったのだろう。

「…どうかした…? 鮎沢」

心配気に手を伸ばしてきて私の頭を撫でる。
それでも私は動けずにいて、恐らく、情けない顔をしていたと思う。
碓氷は何も言わず、真剣な目をして私を見つめ返していた。
頭に置かれた手が後頭部に回り、視界一杯にゆっくりと碓氷の顔が近づいてきて―…



月は人を惑わすという。



私は――

目の前の月に囚われた…


end.(2009.07.16)

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