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□願うこと
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七夕の1週間前から用意されていた笹には、『メイド・ラテ』メンバーの他にも来店したお客達の短冊も飾られていた。
宣伝にもなるからと、2つあった笹飾りの片方が店外に出されたのは3日前。
効果があったのかどうかは判らないが、外に置かれた笹には、3日前とは比べられないほどの短冊が吊されていた。

さらり さらり

どことなく湿っぽさを含んだビル風に煽られて、店頭に設置された七夕飾りが揺れる。
幼いころは無邪気に願い事を書いていたな、と碧々とした葉の間に見え隠れする色とりどりの紙片を店内から眺めながら、美咲は僅かばかり昔のことを思い出した。

願い事がない訳ではない。
しかし、それを正直に書くには幾分かの羞恥心が邪魔をしてしまい、結局当たり障りのないことしか書けない。
美咲はそんな自分に腑甲斐なさを感じて、誰にも気付かれないようにこっそりと、小さくはない溜め息をついた。

バイトを終えて帰宅する途中で店の前に回った美咲は、さわさわと風に揺れる笹に近付いて遠くを眺めるように見上げた。
ふと、数ある内の1枚に目が留まる。
見覚えのある丁寧な書体。署名はないが誰が書いたのか、美咲にはすぐに判った。

無意識に、その手に握られている1枚の短冊に視線を落とす。
誰もいないバックヤードで、先刻隠れるようにやっと書いた「願い」という本音。
じっと自分の書いた紙面を見詰めた美咲は、やがてゆっくりと腕を伸ばして、見付けた願いの隣に自分の願いを括り付けた。

くるり くるり

風に揺られて2枚の紙片が舞い踊る。
たった一言。しかし同じ言葉が記されたそれは、着かず離れずの距離を保ちつつ、くるくると揺れ動く。
美咲は口許に淡い笑みを浮かべて暫らく眺めやっていたが、背後に聞こえた足音にその笑みを消した。

振り向く前に右手を包まれ、横に並んだ人物に瞳を向ける。
予想どおりの相手の視線を辿れば、先程の自分と同じものを見ていることに気が付いた。
その表情が、いつもみたいなからかうものではなく、どこか照れくさそうな微笑だということを確認すると、何故か美咲は慌てて再び短冊に瞳を戻す。

ふわり ふわり

無言のままでいる2人の代わりに、内緒話をしているかのように紙片が動く。
その様子がくすぐったくて、思わず繋いでいた掌に力が籠もれば、同じように握り返される掌。
繋がれた手から伝わる体温と、口にしなくても望むことが同じという事実に、心と躯が熱を帯びていく。
朧気に望むのではなく、叶えることが前提の願い事。

『側に――隣に居る』

同じ1つの言葉が書かれた2枚の短冊。
それを見詰める2人は、離れるのを惜しむように長い時間、じっと立ち尽くしていた。
繋いだ手をきつく握り締め、お互いの存在を隣に感じながら――


end.(2011.07.09)

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