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□微睡みに添う温度
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――美咲Side――

ひやりとした寒さを感じて目が覚める。
暦はすでに11月の半ばを過ぎた。
朝晩の気温を思えば仕方のない冷え込みだろうと、寝起きのよく回らない頭でぼんやりと考えながらうっすらと目蓋を上げる。

遮光カーテンのお陰で昼間でも暗い室内、なおかつ寝起きでは時刻の感覚が狂う。
時間を知るために、枕元に置いてある携帯に手を伸ばそうとして、今の自分の状況に気が付いた。
思うように動くことができない。
それもそのはず。
向かい合って横たわる、自分よりも大きな体躯を持つ男の腕が背中に回されて、その胸のなかにすっぽりと収められていたから。
それに気付いた瞬間、顔に熱が集中したことを悟った。

何度も、それこそ毎回繰り返されている行為にもかかわらず、こいつに対する羞恥心というものは薄れる気配がない。
そんな自分に、いい加減慣れてもよさそうなものだろうと自身で悪態を吐きながらも、熟睡している相手の腕に力が入っていないことを確認すると、少し身体を離して時間を確かめるために腕を伸ばした。
ディスプレイには夜明けにはまだ大分早い時間が表示されていて、それを見た途端に睡魔が復活してきたことを感じる。

ふわぁ…と小さい欠伸をひとつ零して布団のなかに腕を引っ込めようとして巡らせた視線の先で、さっき感じた寒さの原因を知った。
何のことはない。
掛布がズレて肩が出ていたのだ。

いくら服を着ていて暖かい温もりに包まれていても、今の時期に肩を冷やしては風邪を引きかねない。
片手で掛布を掴み、同じように肩が出ていた相手の首許まで手繰り寄せてポンポン、と隙間をなくすように掛布を軽く掌で叩く。
そして暗闇に慣れた瞳で視界に入った寝顔をじぃっと見つめながら少し考えて…起きそうにない相手の腕のなかに潜り込んだ。

相手が起きていたら絶対にできない行動に、心臓が煩く騒ぎだす。
それでも一度知った温もりから離れて寝直すことに寂しさを感じてしまっていた私は、熱が引かないままでいる顔を隠すように胸元に擦り寄った。
すると鼻腔に届く嗅ぎ慣れた香り。
安堵するその香りと温もりに身体の力が抜けていき、再び眠りへと導かれる。

回されていた腕に力が籠められたように感じたことが…気のせいではないかもしれない…と意識を手放す間際に思った私は、知らず口許を弛めていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇



――碓氷Side――

丁度眠りが浅いときだったのだろう。
腕のなかの彼女が僅かに身動いだ気配で意識が覚醒された。
寝返りかと思っていたら、彼女の身体――その温もりが離れていくのを感じる。

俺より先に目覚めることが多い彼女は、いつも躊躇なくベッドから出ていってしまう。
まぁそれは俺が低血圧で普段なかなか起きないせいもあるんだけれど。
少しくらい躊躇ってくれてもいいのに…と、もう朝になってしまったことを名残惜しく思いながら瞳を開けようとしたら「…まだこんな時間か…」と呟いたあと微かに欠伸をした声が聞こえた。
まだ朝でないのならもう一度眠るだろうと期待して、寝た振りをして様子を窺う。
彼女がこのまま腕の戒めから逃れてしまうだろうことは容易に想像できたから、寝入ったところでまた抱き寄せようという目論みだ。

すると不意に肩から首許までが温かくなる。
次いでポンポンと軽く叩かれたことで、布団を掛け直されたことを知った。
そして僅かな間を置いて、腕のなかに愛おしい温もりが戻ってきたことも。
まるで子供をあやしているかのような先程の彼女の仕草に、くすぐったいようななんとも言えない気恥ずかしさを覚えた。
それに、彼女が自ら腕のなかに戻ってきてくれたことが嬉しくて、思わず抱き締めて起きていることをバラしてしまおうとする。
しかし行動に移す前に、彼女が俺の胸元に擦り寄ってきたことでそれは止められた。

布越しでも伝わってくる熱さは彼女の頬が赤い証拠。
真っ赤になっているはずなのに安堵したような吐息まで吐かれては、寝た振りを続けるしかなくなってしまう。
せっかく彼女から抱き付いてきてくれたのにフイにするようなそんな勿体ないこと、できるものか。

何度同じ朝を繰り返しても恥ずかしがる彼女は、俺が起きていると知ったら即座に暴れて離れようとするだろう。
起きているときには強請った挙げ句に漸くしてくれる抱擁。
俺が寝ているときしか自分から抱き付いてくれないなんてホント素直じゃない…なんて思いながらも、甘えたように擦り寄ってくる、滅多に見ることのできない可愛さにやられてる俺も俺だな…とこっそり自嘲した。

彼女が寝入ったのを確認し、後を追うように眠りに意識を集中してから腕に力を籠めて抱き寄せる。目覚めたあとも温もりが離れていないようにきつく。
その瞬間、彼女が微笑んだように感じたのは…気のせいだろうか?


end.(2010.11.09)

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