Thanks
□Blue Rose
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高校の卒業式。
あれから月日が経ち、今日は大学の卒業式だった。だからあんな夢をみたのだろうと、支度をしながら考えていると携帯がメールの着信を知らせた。
『終わったら連絡して。迎えに行くから』
件名のない短いメール。
登録された差出人の名前に記憶を刺激され、夢の日の続きを思い出す。
あのあとさくらとしず子と別れて1人、生徒会室に向かった。
誰もいない室内に入り、ぐるっと見渡す。
2年の時はクラスよりもこっちにいたことが多かったし、3年になってからもしょっちゅう来ていた。
学校の思い出の大半はこの生徒会室にある。
郷愁にも似た想いが込み上げ美咲の視界が滲んだが、滴となって零れることはなく、静かに閉じた瞼のなかに仕舞われた。
踵を返し廊下に出る…寸前で、扉の前にいた人物にぶつかりそうになる。
「やっぱりここにいた」
「碓氷…」
言外に探したと言われたようで、なぜか美咲はバツの悪い気になり僅かに顔を顰める。
碓氷は美咲の肩を押して再び室内に戻させると、自分も入室して後ろ手で扉を閉めた。
その手で美咲の頬に触れる。
「泣いてた?」
「!! 泣くわけあるかっ!」
「じゃあ…泣きそうになってた?」
碓氷が曲げた指の背で美咲の下瞼を撫でる。
図星を指されて言葉に詰まった美咲は、碓氷の視線と指から逃れるように顔を反らした。
お互いに無言のまま向かい合っていたが、暫らくして碓氷が沈黙を破る。
「…すごい荷物だね。さすがは会長様?」
「…馬鹿にしてんのか、お前は」
「まさか。素直に褒めてるんだよ〜v 女子からでしょ? 会長は人気があったもんね」
「お前が言うと嫌味にしか聞こえんがな」
ジロリとねめつけてみるも、碓氷のまったく堪えていない笑顔に、美咲の表情も苦笑に変わる。
自分の腕のなかのものを見て「こんなことしてくれなくても良かったんだがな…」と呟く美咲の表情は、台詞とは反対に嬉しさが滲んでいる。
碓氷はそんな美咲を見つめていたが、おもむろに荷物を半分ほど奪い取った。
「ちょっ、おいっなにを…っ?!」
「1人で持って帰るの大変でしょ? 手伝ってあげるv」
言いながら碓氷は美咲の右手を握る。そしてそのまま手を引いて生徒会室を出ると、ゆっくりとした足取りで廊下を進んだ。
すでに大方の生徒は帰宅し、校内に残っている者の姿はない。
美咲は大人しく引かれるようにして歩き、繋がれた手を握り返す。
同じように碓氷からも握り返された手は、校舎を出て、まだ残っていた他の生徒がいるところでは離されたが、2人きりになった途端にどちらともなく繋ぎ直され帰路についた。
あの時、さくらたちから貰ったアレンジメントを見て碓氷がなにか言っていたんだが、なんだったっけ…?
気になってあのあと調べたはずなんだが…と考え込みながら美咲は大学へと向かう。
途中、信号待ちで立ち止まった際に目についた店のウィンドウ。
そのなかのある物が目に入った途端、忘れていたことを思い出した。
店内に入りそれを手に取る。
正直、美咲にはなぜ碓氷があんなことを言ったのかは今でも判らない。ただ、なにかあるんだろうなと推測するのみだ。
美咲は店員に声をかけ、手にしていたものを購入する。潰れないように紙袋に入れてもらうと、タイムロスした分を取り戻すべく走りだした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「疲れた?」
ソファに深々と座り、大きな溜め息のような息をついた美咲に、お茶の入ったカップを差し出しながら碓氷が問う。
「いや…やっぱり淋しいもんだなと思って」
式が終わったあと迎えに来た碓氷とともに、美咲はメイド・ラテへと向かった。
無事に就職先も決まり来月からは社会人になるということで、今日でバイトを辞めることになっていたのだが、それを聞きつけた常連客の要望により名目上は卒業祝いという、送別会が開かれたのだった。
「特にさつきさんには、本当によくしてもらっていたから…」
「まぁ2度と会えないわけじゃないんだし、会いたくなったらいつでも行けばいいんじゃない? 今度はお客として、さ」
「客として…か。それもいいかもな」
ふっと笑った美咲の隣に座っていた碓氷は、頭を撫でていた手をずらして髪を一房取ると「ねぇ」と声をかけて、自分のほうへ顔を向けさせる。
「淋しがっているミサちゃんに相談というか提案があるんだけど…」
表情はあくまでも穏やか。だがその瞳は真剣さを帯びて美咲を見つめている。
「なんだ?」
美咲は思わずドキドキと速くなった心臓に気付かない振りをして聞き返す。
「これからは一緒に暮らさない?」
「え?」
美咲は碓氷の言葉にまじまじと見返した。