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□涙の理由(わけ)
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今日は週はじめの会議があるから生徒会室に居座ることができなくて、仕方なく屋上で時間を潰していた。

時間を見計らって会いに行くと1人を除いてすでに皆帰った後だった。その1人こそが目当ての人物だったのだが、彼女は机にうつ伏せになって眠っていた。
近付いて覗き込むと、半分だけ見えている目許には薄くはないクマができている。
今は試験前でもないし、何か行事があったりもしない、比較的暇な時期なはずなのに珍しい…

不思議に思いながらも会長用の机の側に椅子を引き寄せて座り、頬杖をつきながら彼女の寝顔を見つめる。

暫らく規則正しい寝息が聞こえていたが、ん…っ、と少し苦しそうな声が聞こえた。起きるかな? と顔を覗き込んだ俺に見えたのは閉じた目に溢れている涙だった。
驚いて思わず指を伸ばして涙を拭う。その感触に目を覚ましたのか、ゆっくりと彼女の瞼が開いた。視線が合ったが焦点が合っていない。

「碓…氷…?」

のろのろした動作で身体を起こしていく。その途中でぱたぱたと涙が机に落ちた。鮎沢は不思議そうに落ちた涙を見てから自分の頬に手をあて、濡れた指先をまた不思議そうに見た。

「――…何で私は…泣いてるんだ…?」

誰に問い掛けるわけでもないその呟きに、また指を伸ばして彼女の涙を掬う。

「嫌な夢でも見てた?」

されるがままでいた鮎沢が俺の言葉に少し考える素振りを見せる。

「見てた…気がするが…覚えてない……ただ…寂しい感じが…する…」

言う間にも新しい涙が溢れ頬を伝っていく。鮎沢は拭おうとしていたが、拭うはしから涙が零れる。俺は静かに立ち上がり鮎沢の隣に移動すると、彼女の頭を抱えて胸に押し付けた。

「っ!? う、碓氷っ?!」

「止まんないんでしょ? いいよ、泣いて」

戸惑っていた鮎沢だったが、やがて遠慮がちに俺のシャツを掴み、俯くようにして胸元に顔を付けて泣いた。俺は黙ったまま、声を殺して泣く彼女の頭を撫でていた。

どれくらいそうしていただろうか。僅かに腕の中で鮎沢が身じろいだ。

「…もう、平気だ…」

鮎沢は少し掠れた声で言ってから身体を離そうとするが、離したくなかったから腕の力を緩めるだけにした。

泣いていたことが恥ずかしいのか顔を見られたくないのか、あるいはその両方かもしれないが、鮎沢はずっと下を向いていた。頬に手を添えて上を向かせるとまだ目許にはうっすらと涙が残っていた。顔を寄せて唇で残った涙を拭い取る。とたんに真っ赤になった彼女の姿に心の中で微笑むと先程からあった疑問を口にした。

「ねぇ…覚えてないって言ってたけど、夢とその目のクマって関係ある?」

「これはっ…母さんと妹が体調を崩して…それで…っだ、だから関係はないと思うが…」

クマがばれたことが意外だったのか慌てたように大きい声で言うが、夢との関連性に自信がないせいか段々声が小さくなっていく。

「お母さん達はもう大丈夫なの?」

「ああ。でなきゃ私も学校に来ていない」

それもそうか、と納得して鮎沢を抱き直す。

「病気のときってさ、心細くなるって言うじゃん。ミサちゃんが病気になったわけじゃなくて、看病してただけなんだろうけど、そんな気持ちになっちゃったんじゃない?」

だから寂しくなるような夢を見たんだよ――と耳許で囁いた。
鮎沢は半信半疑だったが、そうかもしれない…と呟く。その声があまりにも頼りなさ気に聞こえて、思わず彼女の顔を覗き込んだ。泣いてはいなかったがその瞳は酷く寂し気でここではないどこか遠くを見ていた。
孤独に苛まれているような鮎沢に、堪らずきつく彼女を抱き締める。驚いた彼女が逃れようともがいたが、構わずに力を籠めた。
やがて諦めたのか鮎沢は大人しくなって、ほんの少しだけ俺のシャツの裾を握った。

首筋に埋めていた唇を移動させてゆっくりと口付ける。
僅かに開いた口に舌を入れて逃げる彼女の舌を捉えた。絡め合うキスにのめり込みそうになったが堪えて、意識してあくまで優しくキスを繰り返す。彼女の感じた孤独感を消せるように。
鮎沢の腕が背中に回ってしがみついてきた。そしてなおも繰り返す口付け。彼女の息が切れる前に一度離れると、赤く潤んだ瞳を伏せるようにして肩口に顔を埋めた。

「…碓氷……」

「ん?」

「…ありがと。大丈夫だ…」

顔を上げて照れ臭そうに微笑しながら言う彼女に見蕩れて、もう一度触れるだけのキスを落とした。

キスに込めた想いはちゃんと彼女に伝わったようで、その証拠に鮎沢の腕に力が籠もり俺と同じくらいの強さで抱き締め返してきた。


end.(2009.10.13)

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