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□月下美人
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バイト帰りに裏口で待ち伏せていた碓氷に拉致られ美咲は市外の植物園にいた。
「一体何の用だよ? こんな所まで連れてきて」
「鮎沢、月下美人て知ってる?」
「あぁ…確か、サボテンの仲間で一晩だけ花が咲くやつだろ?」
「そう。今が丁度、開花の時期なんだよ。ここ、この時期だけ夜間営業してるんだよね」
言われてみれば自分達のほかにもチラホラと入園している人がいる。向かう場所は同じらしく、その場所に近づくにつれて人数が増えていった。
しかし碓氷は人が集まっている一角には近寄らず、
「あっちよりいい場所があるんだ」
と、少し離れた奥まった場所へと向かう。
そこには何組かの簡易な椅子とテーブル。そして座ったとき丁度目の前にくるように配置された、蕾のついた鉢植えの月下美人があった。
「穴場でしょ?」
得意そうに笑った碓氷は、ちょっと待ってて、と言い置いてその場を離れた。
椅子に座り、開き始めていた蕾を見ているといつの間にか碓氷が戻っていて、はい、と紙コップに入ったコーヒーを手渡された。
鼻先を漂う、芳ばしい香りが薄らいでくるくらいの間。二人は何も喋らずに、ゆっくりと咲く花を見ていた。
(こんなに…のんびりするのなんて久しぶりだな…)
こくりとコーヒーを一口飲みながら考えていると、ふわり、と南国を思わせるとろりとした甘い香りが強まった。
「…開花するところなんて初めて見た…」
綺麗だな…と、呟く美咲は柔らかく微笑んでいて、花に劣らず綺麗だった。
「たまにはいいでしょ?」
のんびりするのも。
そんな美咲に見惚れて、碓氷も微笑む。
「碓氷…」
「ん?」
「ありがとな」
「どういたしまして」
柔らかい時間が流れていく。
end.(2009.06.24)