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□君子危うきに近寄らず
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たまに校内で見かける姿。

どうして皆あの違いに気付かないのだろう? と思わないでもないけれど、自分だって己の身に降りかからなければ気付きはしなかったのだから、仕方がないのかな――…

相も変わらず男子生徒を怒鳴り付けている会長と、その会長の隣で愉し気にちょっかいをかけている碓氷さん。
2人の姿を、僕は碓氷さんに見付からないようにそそくさと隠れて遠くから眺めていた。


  ◇◇◇◇◇


部活で使用したボールを片付けに体育倉庫に向かった僕は、目的の倉庫内からガタガタと大きくはない物音とブツブツと呟く小さな声を聞いた。

「この声は…」

大きく左右に開かれている両開きの鉄の扉の陰から恐る恐る中を覗いてみると、予想どおり我が校の鬼会長が、文句を言いながら散乱しているボールやバットを片付けていた。
手前の足元にはテニス用のネットが畳まれもせずにぐちゃぐちゃになって床に置かれている。もちろんラケットもあちらこちらに散らばっていて、正直倉庫内は足の踏み場もないほど散らかっていた。
その中で会長が1人で片付けをしている。

グラウンドに近接している体育倉庫。ここには主に外での授業で使う物が置かれている。
片付けはもちろん授業後にクラスの係の者が行なうのだが、大抵の男子は片付けていくなんてことはせずに、汚れていてもお構いなしに入り口近くから放り込んでいくだけ。
だからこそのこの惨状な訳だ。
こんな状態だから授業の準備にも時間がかかることもしょっちゅう。
そのことは会長も判っていたようで、「片付けるときも先生に見張ってもらうようにするか…」なんて言う声が聞こえた。

どうしよう…。
会長に声をかけるのには勇気がいる。なにしろ相手はあの鬼会長だ。
今までだって声をかけたことなんかない。精々が朝の風紀チェックでの挨拶程度。
正直、怖い!
自分でも情けないと思うけれど、運動部に所属している割りに僕は気が小さい。
とは言ってもこのまま見ている訳にもいかないしこれを片付けなければ帰れないし…と、自分の腕の中にある幾つかのサッカーボールを見ながら暫く考え、――…覚悟を決めた。

「…ぁ、ぁの〜…手伝います…」

思ったよりもかなり小さな声になってしまったのに、会長にはちゃんと聞こえていたようで手を止めてくるりと振り向いた。
驚いたのだろう、その瞳はちょっと見開かれている。

「あぁ…助かる。…ん? それは部活の物じゃないのか?」

僕の手にあるものを見て不思議そうに訊かれた。部活で使用する備品は基本、各部室に置かれることになっているから、この時間に体育倉庫に道具を持ってくる奴はまず居ない。会長の疑問も尤もだろう。

「あ…ぃえ…今大半を修理に出していて数が足りないので、学校のを使わせてもらうことになっていて…」

「そういえば報告があったな。確か…来週頭までの予定だったか。その間授業に支障が出ないように気を付けてくれよ」

じゃあ悪いが頼むな、と続けた会長は片付けを再開し、僕もそれに続いた。
先ずは持っていたサッカーボールをまとめてカゴヘ。次に床に散らばっていたバットを拾って、棚の手前にある木箱に入れていく。

お互い黙々と作業を続けて10分程も経った頃だろうか。
入り口に背を向けていた僕の耳に、背後からジャリ…と微かな音が届いたと思ったら、しっかり開いていた筈の扉が大きな音を立てて閉じてしまった。
僕よりも扉に近かった会長が直ぐに近寄り扉に手をかける。
しかしビクともしない。

元々重たい鉄製の扉。それでも念のためにとドアストッパーをかけていたのだから、勝手に閉じる訳がない。しかもご丁寧に鍵までかけられている。
それに小さかったが確かに聞こえた「ザマァミロ!」という嘲りの言葉と走り去る足音。
間違いない。
誰かが故意に閉めたのだ。
僕は悪意によって閉じ込められたこと、さらには会長と2人っきりという事実にショックを受け、パニックに陥った。
しかし会長は溜め息をひとつつくと「あと少しだし終わらせてしまおう」と、何事もなかったかのように行動し始めた。

「え?! あっ…あのっ会長…っ?」

会長の態度に益々焦った僕は、閉じ込められたのに出られないかもしれないのにどうしてそんなに落ち着いていられるのかと色々会長に言いたいのに、言葉にならず口をパクパクと開閉させるしか出来なくなっていた。

「何をそんなに焦っているんだ。職員室にマスターキーがあるんだから、生徒会の誰か…幸村辺りにでも持ってきてもらえば済む話だろう?」

呆れたように言いながら、ジャケットのポケットから携帯を取り出して会長が言う。
確かに普段ならそれで大丈夫だろう。
でも今回はそれは無理なんだ〜〜っ!!

「……それ、僕が持っているんです…」

片付けのために借りたマスターキーを会長に見せながら答えた。
昨日と一昨日は鍵がかかっていたから今日は先に借りてきていたのに、まさかそれが仇になるなんて…
あっでも!

「予備の鍵ってありませんでしたっけ?!」

そうだ、鍵はひとつじゃない筈だ。
もうひとつの鍵の存在を思い出し嬉々として会長に話しかけた。しかし…

「――…それは私が持っているんだ…」

見回りのときに必要だから…と、右手で顔を覆いながら会長が呟いた。
鍵がふたつともここにあるということは…外から開けてもらえないということで、それはつまり…出られないということ。
辿り着いた結論に、僕はもう泣き出す寸前だった。
会長はそんな僕を見て、仕方がないというように大きく息をつくと、左側――入り口から見て向かって右側――の窓に歩み寄る。

この体育倉庫には左右両側に大き目の窓が誂えられている。しかし左側は棚がぴったりとくっ付けて設置されているため、その役割を果たしてはいない。
精々が物の隙間から僅かに光が入るだけだ。
右側も似たようなもので、辛うじて手前のひとつがその姿を見せているがそれも半分程。
さらに、ここの窓を開ける程長居するような奴なんて居ないから、長年閉じられたままの窓はかなり建付けが悪くなっている。
会長だってそんなことは百も承知の筈なのに…と不思議に思いながら会長のすることをただ黙って見守った。

会長は窓を半分隠している、積み上げられた段ボール箱を別の場所に移動させていく。
窓の全貌が見えたところで鍵を開けて、片側の窓に手をかけて横にスライドさせようと力を籠めたのが判ったが、やっぱりビクともしない。
すると会長は1枚の窓ガラスの左右を両手で掴むとガタガタと揺すり始めた。
間を置かず、ガコッと音を立てて、ガラスが呆気なく窓枠から外される。
外したガラスを割れないように慎重に、少し離れた床に置いた会長は、僕に「これでいいだろう?」と一言言い残すと、窓枠に片足をかけてひらりと外へと出て行った。

呆気にとられたまま、ぽっかりと開いたガラスのあった場所を見つめていたら、外から会長と誰かの話し声が聞こえてくる。

「――何してるの? 会長」

「どっかのバカが倉庫の扉を閉めていったんだ。それも鍵をかけてな。だから窓から出てきたんだが―…お前、誰か逃げていくような奴見かけなかったか?」

「――…それっぽい2人組みは見たけど…後姿だったし、誰かまでは…判んないかな…」

「そうか…。……まぁ、いい」

会話をしながら会長は入り口に回り込んでいるようで声が移動していく。
よく聞こえないけれど、会長と話してるのってもしかして…

ガチャガチャと音がして開錠された扉が開いて見えた姿に予想が当たったことを知る。
やっぱり碓氷さんだ。
予想が当たったこととなにより扉が開いたことに僕は喜び舞い上がったが、「―…1人じゃなかったんだ…」と呟いて僕を見た碓氷さんの視線の冷たさに、瞬時に凍りついた。
え。碓氷さん…なにか…怒ってる…?

「片付けを手伝ってくれてたんだ」

固まった僕にも、氷点下のオーラを纏っている碓氷さんにも気付いていないのか、会長はスタスタと倉庫内に入ると、外した窓ガラスを填め直した。

「これでよしっと。さっさと終わらせよう」

きびきびとした会長の言葉に身体の動きを取り戻した僕がのろのろと手を伸ばして、近くにあったグローブを棚に戻していく。
離れた向こう側では会長がテニスのラケットを集めていた。
そして碓氷さんは扉に凭れてじぃ〜と僕達を見ていた。
会長を見るときは少しつまらなそうな表情で…それでいてどことなく優し気な柔らかい視線なのに、僕に向けられるそれはさっきと変わらずに冷たく突き刺さるもので、僕は碓氷さんを直視することが出来なかった。

「碓氷! お前、帰らないなら手伝えっ!!」

「え〜? また誰か変なことしないように見張っててあげてるじゃんv」

「うっとうしいわ!!」

「酷い会長〜」

ダラダラと冷や汗が流れる、僕にはなんとも辛い空間。
僕にお構いなしに交わされる、会長と碓氷さんの会話(?)をBGMにして、漸く居心地の悪い片付けが終わった。

「鍵は私が返しておくから、帰っていいぞ」

僕が持っていたマスターキーを受け取った会長が、再びしっかりと閉じられた扉に施錠をして僕に振り返る。

「手伝いありがとうな。助かったよ」

にっこりと笑いながら言われたお礼に心底驚いた。まさか会長からお礼を言われるとは思ってもいなかった…
それに会長ってこんな風に笑うんだ…なんてちょっとぽ〜っとなっていたら、会長の斜め後ろに居た碓氷さんのオーラがさらに温度を下げたことに気付き、僕は再び凍りついた。
会長はやっぱりそんな僕には気付かずに「気を付けて帰れよ」と言い残して踵を返す。
その後を碓氷さんがゆっくりと追い、なにか言い合いながら2人並んで校舎に戻っていく姿が見えなくなるまで、僕はその場に佇み続けていた。

会長と面と向かうことなんてなかったから知らなかったけれど…怖いだけの鬼会長じゃない…の…かな…
ちゃんと話も聞いてくれるし…それに…

あの笑顔が脳裏に浮かぶ。
と同時に、碓氷さんの射るような視線も思い出し、瞬時に背中に悪寒が走った。

今までも会長と碓氷さんが一緒に居るところは何度か目撃している。
鬼会長に唯一対等に意見出来るのは碓氷さんだけだし、なにかと目立つ2人、目がいかない訳がない。
会長は碓氷さんにだって怒鳴りつけていたし碓氷さんだってそんな会長をからかったりしていた。
だからまさかと思った。
だけれど…今日のあの視線を目の当たりにしたら厭でも気付く。

碓氷さんが会長に向ける視線の温かさ。
会長以外に向ける視線の冷ややかさ。
その意味。

「ところで鮎沢? 覚悟は出来てるよね?」

「はっ?! なんの覚悟だよ!」

「お仕置きを受ける覚悟v まったく無用心に俺以外の男と2人っきりになるなんて…」

「そんなの…んぅっ…」

不自然に途切れた会長の声。
校舎に消えた2人が交わした会話の内容なんて聞こえるはずもなかったけれど。
2人はきっとそういうことなんだろうと納得して、漸く僕は家路についた。


あれから数日後。

あるラグビー部員2名が痛々し気な包帯姿で登校し、よもや喧嘩でもしたのかと問い詰める会長から逃げ回る姿が目についた。
その2人が極端に碓氷さんを怖がるようになったのは……きっと偶然じゃない。

この学校で本当に恐ろしいのは碓氷さんなんだと認識を改めた僕は、これまでどおり会長とは極力関わらないことを心に決め、2人の姿をそっと眺める日々を過ごす。

チラリと碓氷さんが寄越す、牽制ともとれる視線に晒されないように、充分に注意をしながら――


end.(2010.12.21)

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