Novel

□その手に掴んだもの
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「雲は多かったけれど、雨が降らなくて良かったわね〜v」

さつきが窓から空を眺めながら言う。
今日は7月7日。
七夕ということで(?)浴衣dayを開催していた「メイド・ラテ」では、いつものメイド服の代わりに浴衣にエプロンを着けた美咲たちが閉店後の後片付けをしていた。

「引き離された2人の年に1度の逢瀬…v ロマンチックよね〜」

うっとり…と、組んだ両手を顔の横に持ってきて瞳を閉じながら続けたさつきに返答したのは、1番近くに居たほのかだった。

「えー。雨が降ったほうが気兼ねなく逢えるんじゃないですかぁ?」

「ほのかちゃん?!」

「そういう説もあるみたいですよー? 雨が降ったほうが雲の上で邪魔されることなくいちゃつけるって。だから七夕の日の雨は、織女じゃなくて父親の天帝の嘆きの涙だっていう人もいましたし」

本当にそんな説があるのかは知りませんけどねーと言いながら、ほのかは掃除を再開するとさつきから離れていく。
さつきはほのかの言葉に苦笑していたが気を取り直して、くるりと振り返った先に居た美咲に同意を求めた。

「ミサちゃんはどう? ロマンチックだと思うかしら?」

「あ…いえ…。七夕の話は好きではないので…」

きらきらと期待を込められた瞳で問い掛けられた美咲は、さつきの望む返事ができないことに申し訳なく思いながらも答える。
目に見えて落ち込んださつきだったが、美咲の“好きじゃない”という言葉が引っ掛かりその理由を問うた。

「…お互いの手に負えないようなどうしようもない事情で離されたのなら…そう思わないでもないのですが…この2人は自業自得でしょう? 織女も牽牛も元々は働き者だったのに、2人して仕事放棄して。注意されても改めなかったんだから引き離されても止むを得ないかと」

それは真面目な美咲らしい理由。

「離されたくなかったのならそのための努力をするべきだし、できたはず。だから…好きになれないんですよね…」

あははと苦笑しながら答えた美咲に、さつきも苦笑しながら「…そう言っちゃったら身も蓋もないわねぇ」と同意してしまう。
そんな2人の会話を、厨房に居た碓氷が少し複雑そうな表情で聞いていた。

掃除も終えて着替えた美咲が、さつきに挨拶をして裏口の扉を開けると、当然のごとく碓氷が待っていた。
美咲は碓氷の姿を認めると大袈裟に溜め息をつく。
そして何も言わずに碓氷の前を通り過ぎると碓氷も黙って美咲の後を追った。

少し蒸し暑くもあるせいなのか、数歩先を歩く美咲の髪は今日のイベントdayの衣装に合わせて結い上げられたまま。
ほっそりとした項が、雲の切れ間から覗く月の光に照らされて白く浮かび上がるように碓氷の瞳に映り、思わず指を伸ばした。
触れるか触れないかというギリギリの距離まで伸ばされた指は結局触れることはなく。
代わりに「…ねぇ…」と声を掛ける。

ん? と振り返った美咲の頬を包むように掌を添えると、碓氷は真っ直ぐ美咲の瞳を覗き込んだ。

「一緒にいるための努力をしたら…鮎沢は…応えてくれる…?」

美咲は瞳を見開いて碓氷を見返した。
碓氷の台詞の意味を理解するのと同時に徐々に頬の赤味が強くなってきた美咲は、眉間に皺を寄せ不機嫌そうに碓氷を睨みつける。

「努力…しないつもりかよ」

「まさか。…ただの確認。お互いが同じ気持ちなら怖いものなしデショ?」

言いながら頬にあった手を後頭部に回して引き寄せると、軽く触れるだけのキスをする。

「離れ離れになるなんて…冗談じゃない」

ようやく手に入れたのに…と呟いた碓氷は、再び美咲に口付けた。
今度は息つく間も与えないほどの深いキス。
いつの間にか碓氷の首に回された美咲の腕が碓氷を、美咲の背中に回された碓氷の腕は美咲を引き寄せ、きつく抱き締め合う。

年に1度しか逢えないことを享受するような情けない夫婦に、見せ付けるように繰り返されるキスは誓いと覚悟の証。
互いに掴んだものを離さずにいるためのいわば儀式のようなもの。
それでも…天の夫婦が恥じ入るように、雲間にその姿を隠した。


end.(2010.07.08)

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