Novel

□甘い香り
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前日に迫ったイベントDay。
美咲はその準備の手伝いのため、閉店後に店長のさつきと2人で残業していた。

明日のイベントとはバレンタインDay。今年は丁度休日ということから、お客様が多いだろうという予測の元に用意された、大量のチョコレート。
そのラッピングが終わっていなかったのだ。

白と淡いピンク色の柔らかい包装紙を2枚重ねて巾着様にする。その上の部分を二つに分けて、丸く形を作りながら内側に折り込んでハート状に。最後に細いリボンを4〜5本(これも白・ピンク・赤と、何色か組み合わせる)使って結ぶ。
潰れないように巧く形づくるのには少しコツが要ったが、幾つか数をこなすうちに慣れていった。

「可愛らしくねv」というさつきの言葉を念頭に置き、ひとつひとつ丁寧にラッピングし続けて約1時間くらい経ったころ。
掛かってきた電話対応のために席を外していたさつきがスタッフルームに戻ってきた。

「ミサちゃん。今やっているのが終わったら今日はもう帰っていいわ」

「え? でも…」

コツを掴んでからは手際よくできたためスムーズに進み、残りはあと僅かになっていた。ここまできたら全部終えてしまいたい。
そんな思いでさつきを見返した美咲だったがさつきはにっこり笑って帰宅を促した。

「残りは私がやるから大丈夫。あまり遅くさせるわけにもいかないもの」

「―…判りました。でももうひとつくらい作っていきます」

さつきの言い分も判る。
美咲はまだ高校生だ。
いくら親があまり五月蝿くないとはいえ、早く帰るに越したことはない。
だから美咲は笑って答え、さつきも美咲の言葉にありがとうと笑顔で返した。



「じゃあ、お先に失礼します」

「気を付けてね。お疲れ様」

挨拶をして裏口からでる。扉を閉める瞬間、うふっv っとさつきの周りに花が溢れたように見えたのは…気のせいだろうか…?
美咲が内心首を捻っていると、背後から声が掛けられた。

「遅かったね」

振り向いて見なくても声の主は分かり切っている。

「…なんでいるんだよ…」

「迎えに来た。今日はお店に行けなかったからね」

「〜〜だからっな・ん・で! わざわざ来るんだよ!」

振り向きざまに思いっ切り不機嫌な表情で言った美咲の台詞にも、碓氷はまったく動じることなく返した。

「逢いたかったから」

「っ!」

真剣さを含んだ碓氷の声色に美咲は言葉を失い、段々と赤くなっていく顔を隠すように横に背ける。
碓氷はそんな美咲の姿にふ…と微笑を浮かべると、帰ろっかと言って勝手に美咲の右手を繋いで歩きだした。

美咲は半ば引っ張られるような格好で碓氷の斜め後ろをついて行く。
少し進んだ辺りで、歩調を合わせるように速度を落とした碓氷が美咲の横に並び、覗き込むようにひょいっと顔を近づけた。

「ミサちゃん、なんだか甘い匂いがするね」

「ん? あぁチョコのラッピングしてたから…ってそんなに匂うか?」

美咲は自分の左手を鼻先にもってくるが、さっきまでチョコレートに囲まれていて匂いに慣れてしまっているので、どれほど香っているのか判らない。

「チョコ…あー。バレンタインDayの?」

「そう」

「ふぅ〜ん…」

つまらなそうに相槌を打った碓氷はちょっと考え込んだ後ポツリと呟いた。

「お店のイベントDayはもう、仕方ないからいいんだけれど…さ〜…」

「? なんだよ」

前を見ていた碓氷がくるっと美咲に向き直り少し意地悪い笑みを作る。

「鮎沢はもちろん俺にくれるよね?」

「なっな…んでお前にっ」

「くれるよね?」

有無を言わさないような迫力を湛えて繰り返す碓氷に圧されて、美咲は小さく「…ぉぅ」と返した。
一旦は引いた顔の赤みがまた濃くなってきたことに気付いた美咲は、俯くようにして視線を逸らし、自分の鞄を見つめる。
なかには明日のために用意した碓氷宛のチョコレートが入っていた。

今日のバイトに入る前、さくらのチョコ選びに付き合ったときに見つけたそれは、以前、オレンジのお裾分けを貰ったときに碓氷が作る候補に挙げた、オレンジを使ったスイーツのうちのひとつだった。
結局作ることはなかったのだが、柑橘とチョコレートの組み合わせが美味しそうだと思ったことを思い出し、気付いたら購入していたのだった。

「明日もバイトなんだよね? …じゃあさ。せめて明日は俺に1番最初に頂戴?」

「それは…別にいいけど…」

なんでだ? という疑問を言外に匂わせて仰ぎ見ると、碓氷は「気持ちの問題」と目を伏せながら言った。

「もちろん、明日お店に行ってミサちゃんから貰おうとも思ってるけれど、それより先に“鮎沢から”貰いたいから」

鈍い美咲にも碓氷の言いたいことがなんとなく判って、またもや視線を外してしまう。

「それじゃあ、今日は俺んとこ泊まっていってね」

「は? な、なんでっ?!」

にっこりと笑って言った碓氷は、逃がさないように繋いだ手に力を籠めて美咲を引き寄せると、耳許に唇を近づける。

「だって“1番”に欲しいんだもんv …ダメ?」

小首を傾げて少ーし潤んだ瞳で美咲を見る碓氷に、“確信犯!”と思いつつも突っぱねることができない美咲は、これ以上ないほどに顔を赤らめた。

「あ、もしかしてチョコは家? だったらチョコの香りのするミサちゃんをくれるのでもいいよ?」

「ふっ…ふざけんな変態!!」

もうお前なんかにはやらん! と怒って手を振り解こうとする美咲に、碓氷は冗談だよ〜と苦笑しながら暴れる美咲を押さえるように抱き締めた。

「本当に冗談抜きで…泊まれない?」

碓氷の腕のなか、動きを止めた美咲はたっぷり時間をかけたあと、ほんの少し碓氷の服の裾を掴む。

「〜〜〜っ…と…泊まる…」

…チョコあるし…と付け足しのように続いた台詞に、碓氷は顔が緩むのを感じた。

「…ちゃんと用意してくれてたんだ…本命チョコだよね?」

「い、いちいち言うなっ」

「ヤダ。嬉しいから言うv」

「あほ碓氷…っ」

再び手を繋ぎ直した2人は、同じ歩幅で歩きだした。

甘い香りに包まれる夜はまだ始まったばかり…


end.

――――――――――――――――――――
(おまけ)

「そういえば、残って仕事してたのってさつきさんだけ? 他の人いた?」

「いや? 店長だけだけど…それがどうかしたのか?」

「裏口で待ってるとき、誰かに見られた気がしたから誰だったのかな〜って。やっぱりさつきさんだったんだ」

「! …あの花はそういうことか…だから早く帰れって……店長…そんな気遣いいりません…」

――――――――――――――――――――

さつきさんでなくとも萌え花咲かせますって(笑)


(2010.02.10)

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