Novel

□あの時のように
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時間に合わせて待ち合わせ場所へ向かうと、丁度その場合に人集りができていた。興味がないので側を素通りして待ち人を探す。
遅れることなど滅多にない相手だが、時間を過ぎてもまだ姿が見えない。珍しい…と思いながら門に寄り掛かり、やって来るであろう方向の通りを眺めた。

高校を卒業したあと、俺は進学し鮎沢は就職した。彼女は本当は進学したかったようだが『先ずは借金を返し終えないとな』と、諦めた訳ではない、むしろ決意が窺える笑顔で言っていた。
あの時の笑顔を裏付けるように鮎沢はがむしゃらに働いた。元々真面目で、手抜きというものをしない彼女は仕事にのめり込み、その結果まだ学生である俺とは時間が合わなくなり、逢える時間が格段に減っていた。

今思えば、高校のときはなんて贅沢だったのだろう。約束なんてしなくても逢えたし、逢えなくても姿を見ることができた。
電話で声だけは毎日聞いているが、それだけじゃ足りない。なにか口実を作ってでも一緒にいたい…そう思い母校の文化祭に誘った。

「だからっ、待ち合わせしてるからそこを退けっ!」

後ろの人集りの中から聞き慣れた声が聞こえた。

「…何か用?」

人集りの中を掻き分けて行くと思った通り鮎沢が、群がる男共(なかには女の姿もあったが)の中心にいた。彼女の背後から肩を抱いて引き寄せ、周りの奴らを見下ろす。
すると半分以上がそそくさと離れていった。やっぱりナンパだったか…と内心舌打ちし、相変わらず無防備な彼女に溜め息をつく。

残った半分は、変わらず取り囲んで食券を買えだのなんだの言っている。1人より2人だと思ったのか、俺が現われたことで尚更しつこくなったみたいだ。
そんな呼び込みの奴らは適当にあしらって肩を抱いたまま鮎沢を連れてその場を離れた。

「わ、悪い碓氷…助かった」

溜め息に似た息をひとつつくと、安堵したかのような表情で礼を言う彼女に目が止まる。

「その格好…」

「ん? あぁ、来る前に会社に寄ってきたんだ。昨日ちょっとトラブルがあって仕事終わりきらなかったから」

以前より少し伸びた真っ直ぐな黒髪。就職してから覚えた、薄く施された化粧。中に着ている物はカジュアルめだがビシッと着こなした濃い色のパンツスーツ。それらが彼女にとてもよく似合い、凛とした姿を際立たせている。
それに、一足先に社会人になったという意識が滲み出ている表情が彼女をさらに大人びて見せていた。

可愛くて格好良いのは変わらないが、綺麗になったな…と思うのが惚れた欲目ではないのはさっきのことでも明らか。
余計に目が離せないなぁと考えていると「どうした? ぼーっとして」と不審がられ、それから肩を抱いていた手をつねられた。

「…いい加減離せ」

頬を赤くしながら顔を反らして言う姿に笑みが零れる。仕方がないので今は大人しく離した。

「それにしても、なんだったんだ? さっきのは…」

「…まだ無自覚なんだ…?」

「は?」

「……ふぅ〜…。呼び込み、でしょ。活気があっていいじゃん。女子の姿もあったし」

鮎沢は俺の言葉に嬉しそうにそうだな、と同意して周りを見渡した。未だ男子の方が多いとはいえ、確実に女子の入学が増えていて、半数になるのも間近になっていた。学校の評判も悪くないとなれば、鮎沢にしてみれば嬉しいに違いない。

取り敢えず順に見て回ろうと歩きだした彼女の後を追うようにして歩きだす。
模擬店やステージ発表など、どこも盛況で目立ったトラブルもなく、男女共に楽しそうにしている様子を見て鮎沢は満足気だった。

一通り回った辺りでふいに鮎沢が立ち止まってキョロキョロ見渡し、首を傾げた。

「? さっきから呼ばれてるような気が…」

意識してみると在校生の間から、ちらほらと「会長」の単語が聞こえた。よく見るとここら一帯は3年のクラスが集まっている。思わず吹き出すと、なんだよ! と睨まれた。

「まだ“会長”が染み付いてるんだね、どっちにも」

鮎沢の“鬼の生徒会長”の姿を直接知っているのは、在校生のなかでは一学年下になる今の3年が主だ。
代替りして会長職を辞した後も、鮎沢は会長と呼ばれていたし変わらず男子を叱り付けていたから、2年の中にも“鬼会長”を知っている奴らがいたことはいたが、殆どの奴らは知らないはずだ。

それを証明するかのように、3年の男子はやや遠巻きにしているが対称的に1・2年は鮎沢を恐れてはいない。むしろ声を掛けようと様子を窺ってさえいる。
そんな男子の様子を冷めた気持ちで眺めていたら、女子が鮎沢に近づいた。

「あの…鮎沢先輩。これうちのクラスのなんですけど、貰ってください!」

「男子が作ったんですけど、クラスの喫茶店でも評判いいんですよ!」

袋詰めにされたクッキーやケーキらしきものを手渡された鮎沢は驚きつつも礼を言って受け取った。

男子が作ったという台詞が気になったのか、楽しくやれている? と心配そうに訊いていた。笑顔で答えた女子に安心した鮎沢もまた笑う。そんなやり取りが呼び水となり、たちまち鮎沢は女子に囲まれた。

男子も加わって取り囲んだ後輩達から一旦逃げてひとまず屋上に落ち着いた。誰もいないし、俺達らしい場所だろう。

「…お前、また花咲かせたんじゃないだろうな?」

「してないよ。ていうか半分は自分が貰ったんじゃん」

いつの間にか両手を塞ぐほどの食べ物を持っていた俺らは互いを見て笑いあった。
せっかくだし食べよう、とかつての定位置に座る。

ふと、いつかのことを思い出し、手元の団子を鮎沢の口許に運ぶ。意図に気付いた彼女は赤くなりながらも団子と俺を何度か見比べてから噛り付いた。
鮎沢が噛った残りを見せ付けるように口に含む。俺の笑った顔を見て「〜っの変態っ!」と頭を叩かれた。こんなやり取りでさえ嬉しくて顔が緩んでしまう。

あらかた食べ終えた頃には陽が真上から大分下に落ち始めていた。穏やかな柔らかい日差しの下で、下の様子を眺めている鮎沢の瞳は満足そうに細められている。しかし、今年卒業したばかりなのに既に懐かしさが混ざっているようで、なんだか寂しそうにも見えた。

「ねぇ…」

「ん?」

「…覚えてる? 夢咲の…ミサちゃんが告白してくれた文化祭v」

「な! こ、告白なんかしてないっ!!」

「えぇー。俺嬉しかったのにー 忘れちゃったのー?」

何を言いたかったのか分からないまま発した問い掛けを誤魔化すために言った言葉に、真っ赤になって否定する鮎沢。傷ついたフリして拗ねてみせたけれど、頑なに言ってないと言い張る彼女に苦笑した。
照れてるのは判るけどそこまで否定されるとちょっと面白くない。

「じゃあ…思い出させてあげる」

腕を掴んで引き寄せ口付けた。驚いて固まった鮎沢の頬と口に、もう一度軽いキスをして笑い掛ける。

「思い出した?」

「っ…あほ碓氷…」

真っ赤なまま上目遣いで睨んできたが、手はしっかりと俺の服を握っていた。その手を包むようにして取ると指を絡めて繋ぎ、校内へと繋がる扉に向かいながら囁いた。

「帰りは繋いだまま…あの時と同じように…ね?」

「――……校内では、嫌だ…」

眉間に皺を寄せて、でもまだ真っ赤なままの彼女が振り解こうと細やかな抵抗をする。無視することもできたけれど、ここで機嫌を害ねられる訳にはいかない。少しでも一緒にいられる時間を長くしたいのだから。

「分かった。じゃあ学校出たら」

その前にもうちょっと充電、と手を離してぎゅっと抱き締めた。躊躇いがちに鮎沢も応えてきて、彼女の体温や回された腕に、満たされていく感覚を覚える。
些細なやり取りや触れ合いに渇えていたことに気付いて、自嘲の笑みが浮かんだ。

名残惜しいがゆっくりと腕を解いて帰ろう、と彼女の背を押して促した。校舎に入り、誰かに出会うまでには鮎沢の顔の赤みも治まっているだろう。
あんな可愛い顔を他の奴らに見せたくはないし、どうせなら2人っきりでゆっくりできる場所で…

前を歩く彼女の後ろ姿を見ながらこの後の算段を始める。明日の休日も一緒に過ごせるようになる、一番効果的な方法をとるために。
嫌だって言っても今度は聞いてあげない。多分言わないとは思うけど。きっと彼女も同じ気持ちだろうから…ね。

その証拠に、学校を後にして帰路を辿る間繋いでいた手は、俺以上に強く握られていた。


end.(2009.10.25)

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