Novel

□彼の心配
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仕事が忙しくなければもう帰れるかな、と淡い期待をして屋上からの階段を降り生徒会室に向かう。
そろそろ見回りが終わるころだから彼女が戻ってくるはず…という俺の予測どおり、角を曲がった廊下の先にまさに今、生徒会室のドアを開けようとしている会長の姿が見えた。
早足で近づくが間に合わず、声をかける前に扉の中へと姿が消える。

扉にはめ込まれているガラスから室内を覗くと、幸村をはじめとする生徒会役員数名に何か指示をしている彼女の横顔が見えた。
会長の机の上に置かれているあれは…目安箱だろう。彼女は右手でそれを机の端に寄せると、引き出しから書類とファイルを取り出し仕事に取りかかり始めた。

書類を読んでいる合間に役員からの報告を受けさらに指示をだす。こうして見ていると、バリバリ仕事をこなすキャリアウーマンな彼女の将来像が浮かんだ。
鮎沢の誕生日に想像した姿と今の姿とには年齢以外に差異はない。きっと彼女は数年後も変わらずに“真面目に”仕事をしているだろう。
知らず緩んだ口許を片手で隠し、あの量ならさほど時間はかからないだろうと見積っているうちに生徒会メンバーが帰り始めた。これは好都合と、入れ代わりに中に入るが彼女は俺の存在に気付かない。
暫らくドアにもたれて眺めていると、些細な違和感を感じた。だが些細すぎて違和感の正体が判らず、内心首をかしげながら今度は注意深く彼女を見て気付く。
普通にしているようだが左腕が少しぎこちない。怪我でもして痛みを堪えているかのようだ。

「ねぇ。ソレ、どうしたの?」

机の前に移動しながら問いかける。案の定、驚いて顔を上げた彼女はバツの悪そうな表情で視線を外した。

「…なんのことだ」

「しらばっくれるんだ…? 隠しても無駄なのに」

机に手を付いて上から覗き込むようにすると鮎沢は益々顔を背けていく。そんな姿を見て溜め息をひとつついて彼女の左腕を掴み、袖を捲った。うっすらと変色した肌。確実に打ち身の跡だ。

「もしかして、また誰かを庇った怪我?」

「…日直で教材室に行ったとき、棚の上にあった箱が落ちてきたのをよけたんだよ…」

なんで気付くんだ…とぶつぶつ言いながら鮎沢は腕を振り離そうとしたが、もちろん離すわけがない。

「それいつの話? なんで今まで手当てもせずにいるの?」

「大した怪我じゃないし、保健室に行ってる時間がなかったから…」

ふぅん。またそんなことを言うんだ鮎沢は。
本当に自覚しないよね、自分が女の子だってこと。

「もう仕事終わるよね。ほら保健室行くよ」

鮎沢の背後に回りこみ、腕を引いて立ち上がらせて保健室に連れていく。少しは反省してるのか、歩いている間抵抗らしい抵抗もしなかった。
生憎先生がいなかったため、以前のように勝手に使わせてもらって手当てを始める。

「今回は不可抗力だろうから、怪我したのは仕方がないとしても…手当てはしなよね」

どうして我慢するかなぁ…内心で溜め息をつく。鮎沢はやや俯き加減で大人しく手当てを受けていたが、ちらりと上目遣いで俺を見上げてちょっと拗ねたように言う。

「なんで怒ってんだよ…」

「怒ってるというか、心配してるの。解んない?」

わざと顔を見ずに言うと、鮎沢は言葉に詰まり、また下を向いてしまった。少しは解ってきたかな?

包帯を巻き終えて捲っていた袖を直す。そのまま手を包むように繋いで、帰ろっかと促した。

「…碓氷…その…」

俯いたまま彼女が話し始める。

「心配かけて…悪かった。それと」

言葉を途中で区切ると顔を上げ、僅かに赤みが差した顔のまま真っ直ぐ見つめてくると、困ったような照れたような顔して笑った。

「ありがと…手当てとか色々」

不意討ちの笑顔は反則だよ。仕方ないと思いつつ受け入れてしまうじゃないか。無防備すぎてホント手に負えない…

結局俺の心配をよそに彼女はまた無茶をするだろう。そしてそれを受け入れる自分。

どうしたって俺は彼女には敵わない。


end.



――やっぱりお仕置きが必要かな――


(2009.09.30)

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