Novel

□1枚の約束
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ある日届いた白い封筒。
プリントされた宛名と差出人名もないそれは実に素っ気ないものだった。不審に思いながらもう一度宛名を見て、確かに自分宛なことを確認してから封を切る。

入っていたのは2枚の写真。
バイト先でゲームに負けて撮ったポラロイドと、誕生日に携帯で撮った画像のプリント。

そして、封筒の角に追いやられていた小さな紙切れに見覚えのある筆跡で書かれたメッセージ。

『帰るから。
 それまで、預かってて』

数週間前から彼は学校に来ていない。携帯も繋がらないし、部屋を訪れても扉が開くことはなかった。
以前から薄々気付いていた碓氷の“事情”。十中八九、その事情絡みなのだろうことが解っていて何もできないでいる自分が歯痒かった。

「アホ碓氷…」

文字を見つめながら呟く。
きっと彼は全てが終わってから姿を現わすのだろう。いつもの意地悪い笑みを浮かべて何事もなかったように。

「…碓氷の…アホ…」

預かっててと書かれた一方的な約束。守る義理などないが、問い詰めるときの材料にはなるな、なんて捻くれた思いを抱きながら写真と紙片を丁寧に封筒に戻す。

――早く戻ってこい――
言葉にする代わりに机の上にある小箱にそっと封筒を収めた。



数日経った週末の夜、一通のメールが届く。

『今、出てこれる?』

カーテンを開けて下を見ると門の前に佇む碓氷の姿。上着を掴んで階下に向かい、ドアを開けた先で久しぶりに見た碓氷は、予想通りに飄々として片頬を意地悪く上げていた。
しかし、いつもと同じ態度だったが何か吹っ切れたような表情をしているように見える。

「久しぶり」

「……片がついたのか?」

美咲の言葉に碓氷は一瞬目を見開き、そしてすぐにふわっと笑って美咲を抱き締めた。

「…うん。全部」

囁かれた声音が安心しきった嬉しそうなものだったので、美咲はそうか、と返して碓氷の背中を擦った。




「写真、受け取りに来た」

暫らくしてから言われた言葉に、思わず上目遣いで相手を見る。

「…返さなきゃダメ、か…?」

「何? 俺との写真手放したくないの?」

「違っ!! …ポラの方はバイトがばれる可能性があるだろ! 前みたいにっ」

「また一緒に撮ってくれるなら返さなくていいよ? もう1枚の方はデータあるからまた焼くしv」

うっ…と詰まった美咲は考え込んでいたが、結局仕方がないと諦めた。

「…取ってくる…」

部屋に戻り、箱から封筒を取り出す。中にちゃんと写真が入っているのを確認して、抜き取りたい衝動に駆られたが我慢して机から離れた。しかし部屋を出る寸前に思い直し、封筒から紙片だけを抜き取って箱に戻した。

ん。と碓氷に渡すと、心なしか頬を赤くして微笑みながら「ありがとう」と受け取った。
嬉しそうに封筒を見ていた瞳が動き、正面に立つ美咲を捉える。

「ただいま…鮎沢」

「…お帰り…」

あまりにも真摯な視線に誘導されたかのようにするりと言葉が出た。
考えてみればおかしな言葉だな、お帰りなんて。まるで待っていたようじゃないか…
そんな思考も、再び抱き締められたことで霧散してしまう。心地好い体温に溶かされたように。

「鮎沢、覚悟してね? これからは遠慮しないから」

途端に離れようと暴れだした美咲を抑えるように力を籠めて、碓氷は片手に持ったままだった封筒を見つめた。

本当に預けたものは写真に籠めた美咲への想い。
己の心の一部を托すことで、碓氷は自分が戻りたい場所を自分自身に示した。そうして帰ってきた…美咲の傍。

碓氷は生まれて初めて執着した相手を決して離すまいと、決意を伝えるように深いキスを送り、美咲もそれに応えた。


end.(2009.08.29)

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