Novel
□残り香
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携帯の調子が悪いという鮎沢を学校帰りに携帯ショップに連れていった。
鮎沢らしいというか…ずっと機種変せずにいたらしいので、型がないか凄く時間が掛かるかもしれなかったのだが、結果としては充電パックの交換だけで済んで思ったより早く店をでる。
確認するように携帯を操作している彼女を連れて少し歩いたら、急に雨が降ってきてしまい慌てて出てきたばかりの店に戻るはめになった。暫らく止むのを待っていたが、雨足は弱まったり再び強くなったりして止む気配がない。
空調の効いた店内は僅かでも濡れた身体には寒すぎるくらいで、隣にいる彼女が微かに震えて小さくくしゃみをしたのが聞こえた。
迷ったのは一瞬。
「鮎沢、走るよ」
どうせ濡れるだろうけどないよりまし、とシャツを脱いで鮎沢に頭から被せて腕を捕ると雨の中を走りだした。
自宅につき、びしょ濡れになった鮎沢が床が濡れるからと遠慮して玄関から動こうとしないのを引っ張ってバスルームに押し込む。
「風邪引かないようにちゃんと暖まって」
ドアを閉めながら言って自分も着替えるためクローゼットに向かう。着替えながら鮎沢に貸せるような服を見繕うと、バスルームのドアをノックしながら話し掛けた。
「鮎沢。ドアの前に着替え置いておくから。あ、濡れた服は乾燥機の中入れておいてくれればいいからね」
「ぁ…ああ。分かった…」
鮎沢の返事を聞いてから今度はキッチンに向かうと、お湯を沸かし始める。丁度お茶を淹れ終わったとき彼女がバスルームから出てきた。
「…ありがと、な…」
小さくなって着られなくなっていたシャツとジーンズがあったのでそれを貸したのだが、それでも鮎沢には大きかったみたいで袖と裾を何度か折り返していた。
「服が乾くまでゆっくりしてって」
淹れたばかりのお茶を手渡そうとしたのだが鮎沢は両手で腹部を抱き抱えるようにしたままで受け取らない。
どうかしたのかと、口を開こうとしたら彼女に先を越された。
「碓氷、ベルトか何かあったらそれも貸してくれないか? ゆるくてずり落ちそうなんだ…」
お前、やっぱでかいな。
ちょっと俯きながら言う美咲の姿が、碓氷にいつもより幼い印象を与える。
何だろう、この可愛い人は…
飛びそうになる理性を繋いでおくため、鮎沢から目線を外してカップをテーブルに置いて何か探してくるから、と傍を離れた。
ウエストサイズに関係なく使えるタイプのヤツを手にして戻ると、鮎沢はソファーに座りながらまだ腹部を押さえていた。ベルトを渡すと礼を言って受け取り、その場でシャツの裾を捲り上げ付け始める。
かいま見えた素肌とあまりにも無防備なその姿に眩暈を覚えた俺は溜め息をつく。
「…自覚してよね…」
鮎沢のおでこに軽くデコピンをすると、「意味が解らない」と怪訝な顔をした彼女を残してバスルームに向かった。
「――…シャワーより水浴びたほうが頭…冷えるかな…」
小さく呟いて苦笑する。たとえ今、水を浴びて頭を冷やしたとしても、きっと無駄になるだろうと解っている。なにしろ相手はあの鮎沢なのだから。
「ホント、自覚してほしいよなぁ…」
乾燥機に自分の濡れた服も入れて動かしてから、水…ではなくシャワーを浴び始めた。