Novel

□視線の先
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半分ほど開け放たれたままだった扉から見えた姿に、通りがかった1人の男子生徒が思わず足を止める。いつもであれば自席について仕事を片付けているその人は今、頬杖をついて窓の方を向いていた。机の上には何もなく綺麗に片付けられている。

開いていた窓から入り込んだ風が髪を揺らした。その瞬間に見えた遠くを見つめる瞳が心許なく、何か思い詰めたかのような表情をしているように見える。
最近はあまりそうでもないが、苦手意識があり、とにかく凄い人という印象を持っていた生徒は、そんな姿に声を掛けることが躊躇われて立ち竦んだまま動けずにいた。

ふ、と窓に向いていた視線が動き、ドア付近に佇んでいた生徒の姿を認める。

「どうした? 何か用か?」

「…っぁ、ぃ、いえ…何でも…」

ありません、と続けようとした言葉の途中で

「…ああ。幸村ならいま席を外しているが、すぐ戻ってくると思うぞ」

幸村に用事なんだろう? と言外に漂わせたその人は、生徒の目を捉えながら告げる。真っ直ぐな視線は相手が誰であろうと力を湛えて射抜く。

「あ…は、はい…。あの…会長はまだ…帰らないんですか? それと…碓氷先輩は一緒じゃないんですか?」

若干怖気づきながらも、先程の光景が気になった生徒は会話をしようと試みた。丁度逆光になってしまって表情が解かりにくくなっていたからというのもあるかもしれない。
対して訊かれた方は、僅かに頬を赤らめてしかめっ面をしながら、頬杖をついていた手を外す。背筋を伸ばして座りなおしながら質問に答えた。

「私も幸村待ちなんだよ。報告を聞いてからじゃないと仕事が次に進められないからな。――それと、碓氷は役員でもなんでもないんだから、居なくて当然だ」

言い終えると同時に、ぱたぱたと廊下を急いで歩く足音が聞こえて副会長である幸村が戻ってきた。

「会長、今戻りましたー。あれでOKだから今のまま進めてくれとのことです」

「そうか。じゃあ明日にでももう一度確認会議をして進めるとしよう」

机の引き出しから書類を取り出し、ぱらぱらめくって確認しながら会長が答える。

「ご苦労だったな、幸村。今日はこれで帰っていいぞ」

迎えも来ていることだしな。まだドア近くにいた生徒を見ながら言う会長はもういつもの会長にしか見えない。
気のせいだったのかな…と思った生徒がそれじゃあとドアを閉める際、閉じられる直前に見たのは、溜め息をついてまた――窓の外の遥か遠くを見つめている会長の頼りなさげな横顔だった。

多くの男子生徒から恐れられている鬼生徒会長。けれどただ怖いだけではないことはもう知っている。
自分が今まで見ていた面は、その人のたった一面でしかない。だから、見たことのないさっきの表情が気になるんだ…と、自分で自分に言い聞かせながらその生徒は幸村とともに生徒会室を後にした。
なぜ自分が会長のそんな姿に気付くのか…ということには気付かないまま。


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