Novel

□ある雨の午後
1ページ/1ページ


カーテンのない大きな窓に当たる雨の強さに視線をやり、勉強していた手を止めて息をつく。
梅雨時なのだから仕方がないのだが、このところ続いている低気圧のせいか、なんとなく頭が痛い。偏頭痛持ちじゃないんだが…と思いながらこめかみを軽く揉みほぐした。

「疲れたのならちょっと休憩したら?」

言いながらこの部屋の主がカップを私の目の前に差し出す。
疲れたわけではないが勉強を続ける気にもなれず、まぁ今日の分はほぼ終わったからいいかと一瞬で考え、礼を言ってカップを受け取った。
床に直に座っていた身体を背後のソファーにもたれさせて、両手で包み込むようにしてカップを持つ。心持ちぬるめのミルクティーをゆっくり飲むと、優しい甘さが体中に広がった。
ふぅ、と大きく息をつくと、具合悪い? と碓氷の手が額に伸びてきた。

「いや…雨のせいか頭が痛い……気がするだけだ」

痛いなどと言ったら必要以上に心配しそうな碓氷を警戒して言い直したら、近づいていた手が持っていたカップを取り上げた。テーブルに置かれるカップを目で追っていると、体を持ち上げられ、ソファーに座る碓氷の膝の上に横向きに座らされた。

「ちょっ…何して…っ」

慌てて降りようとするが、腰周りに回された碓氷の腕がそれを許してはくれない。

「ん? なんとなく――したくなった」

しれっと言う碓氷に腹立たしくなったが、こいつの気が済むまでは何を言っても無駄なことは、今までの経験上解かっていたので早々に諦めた。代わりに、これみよがしに大きな溜め息をつきながら体重をかけるように体を預ける。それだけのことなのに、自分の顔が赤くなってくるのが分かって内心舌打ちをした。碓氷も気が付いただろうにそのことには何も触れず、ちゃんと寝てる? と私の髪を指で梳きながら聞いてきた。

「ああ。今は特に忙しいわけじゃないから」
「そう…じゃあやっぱり気圧かな…」

何にせよ無理しないでよ? 労わっている声が何だかくすぐったく感じられて、それを誤魔化すように 分かってる とぶっきらぼうに答えた。



取り留めなく続く他愛のない会話。
低く、落ち着いた碓氷の声が耳に心地よく響く。
触れ合った部分から伝わる体温と規則正しい鼓動に、ひどく安心している自分に気が付いた。段々瞼が重くなってくる…




しばらくして碓氷は、喋らなくなったことと僅かに増した重みで、腕の中の美咲が眠りについたことを知る。目線を落とすと、自分の腕に彼女の手が添えられて、シャツを掴んでいるのが見えて思わず口許を綻ばせる。
碓氷は微笑んだまま、美咲を起こさないようにそっと、閉じられた瞼に口付けながら おやすみ と囁いた。

室内にはただ、次第に弱くなり始めた雨音が静かに流れていた。


end.(2009.07.10)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ