Novel

□別離。そして…(美咲Ver.)
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「本当なら四十九日法要とかしたほうがいいんだろうけど、まだそこまでの余裕はな…」

だからせめてでも…と持参した線香を供えつつ呟く。

「……連絡があってからのこと、頭では理解も整理もできているんだ。ただ…何年か振りに見た父親は物凄く痩せ細っていて、まるで別人のようで……。意識が戻ることもなかったから、文句の一つも言え…なくて…っ」

言いながら自分が泣いていることに気が付いた。
そうか。私は困惑していたんだ…裏切ったと思っていた父親が、本当は私達のこと想っていたことがわかって。家族のために姿を消したことがわかって。そして――。
広がり始めた晴れ間からさす陽射しに瞳を閉じ、想いを身体に閉じ込めるように深呼吸した。涙を拭い振り返る。
多分、今…穏やかな気持ちなのはきっと…

「ありがとう…な…居て、聞いてくれて」

こいつのお陰なのだろうなと、微笑みながら礼を言った。次の瞬間、ふわり、と優しく抱き締められて

「無理しなくていいよ」

どこか辛そうに碓氷が言った。

「無理しているわけじゃない。多分、ようやく気持ちの整理ができたんだ」

そう。まだ少し時間はかかるだろうけれど…
と、落ち着いた瞬間、今の自分の状況に気が付いた。
え、えっと。こ、この状況はちょっと…
思わず硬直してしまったのを気付かれたのか、強く抱き締められてから放された。赤くなっている顔を見られたくなくて俯いた私は、碓氷の表情に気付くわけもなく。

「鮎沢、進路決まった?」

急に聞かれた質問の意図が判らず(いや、言葉どおりなんだろうけれど…)訝し気に彼を見て、一応は、と答えた。

「――。一応、って? もう卒業なのに、鮎沢が決まっていないって…」
「だから! 一応は一応だっ。決まっていないわけじゃない。まだ…返事待ちのところがあるから…
そういうお前はどうなんだよ?!」

よもや、落ちたとか言うつもりじゃなかっただろうなっ?! とムカついている私に、
俺はどーしよーかと思ってて〜とふざけた調子で答えたと思ったら、急に真剣な顔をしてまた聞かれた。

「返事がきたら…どうなるの?」

「――…。どちらにしろ…私は、この街を出ることに…なる…」

父親のことが判る前から、進学することは決めていた。母さんからも“ちゃんと自分のしたいことを考えなさい”と念を押されて決めた進路。本当なら家から通える学校を選ぶべきだったけれど、前々から学んでみたかったことは、遠く離れた地にしかなかった。来月にはここを離れなければならない。決めたこととはいえ辛いのには変わりなく、碓氷の顔が見れなくて自然と顔を背けてしまう。が、目の端に映る彼の表情に

「…人のは聞いておきながら、自分のことは言わない、か…」

聞こえないように悪態をついた。残念ながらしっかりと聞かれていて、さっきよりも真剣な声と表情で“知りたいなら俺の質問に答えて”と言ってきた。

「前も聞いたけど…今度はちゃんと言葉で答えて?」
「? 何、を…?」

前にも…? って何が聞きたいんだ? と考えていると、両肩を掴まれた。

「鮎沢にとって…俺は、何?」

一気に顔が赤くなったのが分かった。頭の中でうるさく鼓動が響いて思考が止まる。戸惑って何も言えないでいると、肩を掴む碓氷の手に力が籠もる。彼の手の強さに、ごまかしは利かないだろうということが痛い程伝わる。それに。
今伝えなければきっと…最後、になるだろうと感じた。

「答えて? 鮎沢が望むなら、俺も覚悟を決める」

言葉にするのは、やはりまだ恥ずかしくて、とても勇気がいったけれど。
知らず握り締めていた両手の拳をさらにギュッと握って。震える微かな声で一言。
伝えた瞬間、また抱き締められて、私の肩に顔を埋める碓氷が囁いた。その声はとても小さくてくぐもっていたから、半分くらい聞こえなかったけれど。身体中に温かい想いが広がって、思わず涙が溢れそうになりながら私はただ頷いた。


「じゃあ今度は、約束どおり俺の話聞いて? ちょっと長くなるかもだけど…まだ時間は充分あるし、大丈夫だよね〜」

何か吹っ切れたかのような、嬉しそうな顔の碓氷につられたように私も笑う。
繋いだ手から伝わる温かさが、残る不安を消していく。


end.(2009.06.26)
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