Novel

□別離。そして…(美咲Ver.)
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薄暗闇のなか瞳を開けると見慣れた自室の天井が見えた。枕元にある携帯を手探りでとれば、ディスプレイには04:36の数字。
もう一度眠ろうかと思ったものの、はっきりと覚醒してしまった後ではそれも無理なことで。携帯を持ったまましばらく天井を見上げていた。
ここ最近の出来事が脳裏を掠めていく。客観的に見てもショックなことだったはずなのに、いまもって何の感慨も湧いてこない。
以前の自分ならば、怒るなり憎むなり、悲しむなり…なにかしらの感情が出てきていただろうに。今の自分はどこか…何かが変わってしまったようだ…
暗い思考に落ち始めたことに気が付いて、振り払うように起き上がる。
今日は行かなくてはならない所がある。まだかなり早いが、始発は動いている時間だし…と、出掛ける準備を始めた。

玄関を出て空を見上げる。陽が昇る前の空は昨夜の雨の名残か雲が多く、今日が晴れるのか雨になるのかわかりにくかった。
まるで今の自分のようだ――そんなことを思いながら門を開けようとして、思いの外の冷たさに反射的に眉間に皺をよせた。

「出掛けるの?」

門の外、少し離れた右側から声をかけられた。見なくても声だけで誰だかわかる。

「…お前こそこんな朝早くから…何の用だ…?」

出掛けるには早過ぎないか、という雰囲気を感じての返事。何となく顔を見られたくなくて、門を閉めざま彼に背を向けた。

「鮎沢に逢いたくて」

背後から聞こえたそんな言葉に呆れつつ、首だけ動かして碓氷を見る。ほんの少し寂しさが混ざった笑顔を認めて、思わず溜め息をついた。

「今日……時間、あるか? あるのなら…少し付き合え」

言った後で“どうして自分はこんなことを言うのだろう。あの場所へは一人で行きたかったのに”とぼんやり思った。
碓氷から了承の返事が聞こえたのを合図に歩きだす。少し遅れて聞こえた彼の足音が暫らくして横に並んだ。


人もまばらで充分に席も空いていた車内だったが、座る気になれずドアにもたれるように立った。向かい合うようにして立つ彼も自分も、一言も発することなく今に至っている。
無言でいることが苦痛なわけではなく、寧ろ心地好いものだったが、こいつには話しておくべきだろうな…との思いから、どう言ったらよいのかと、流れ去る景色を見るともなく見つつ思い悩む。結局、下車駅の一つ手前程まで来たところでようやく話し始めることができた。

「先月…いや、もう先々月だな…父親の居場所が判ってな…」
「――どこ?」
「…ガンセンター。末期患者向けの」
「えっ…?!」

驚いた碓氷の声と対照的な抑揚のない自分の声に“あぁ、やっぱり自分はどこかおかしいんだな”と思う。
改札を出てあの場所へ向かう道すがら、連絡があってからのことを結局は順番に話していく。
センター職員からの連絡。すでに意識がなかった父親。職場の同僚が捜してくれた家への連絡先。失踪時には患っていた病。それに気付いていたであろう母親。父親が依頼していた弁護士。
斜め後ろから時折聞こえる碓氷の相槌に、何故か安堵した。
話しているうちに公園のような場所に着く。その中の一際大きな樹の横を曲がりながら

「結局意識は戻らず…」

言い終えて立ち止まる。

「――。今日、四十九日なんだ」

碓氷がこの場所を認識したのを感じてから最後の言葉を言った。
 

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