Novel
□別離。そして…
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美咲はバッグから一束の線香を取り出し火を点ける。何度か振って炎を消すと
「本当なら四十九日法要とかしたほうがいいんだろうけど、まだそこまでの余裕はな…」
呟きながら墓前に供えた。
「……連絡があってからのこと、頭では理解も整理もできているんだ。ただ…何年か振りに見た父親は物凄く痩せ細っていて、まるで別人のようで……。意識が戻ることもなかったから、文句の一つも言え…なくて…っ」
美咲は泣いていた。瞬きもせずに墓石を見つめる瞳からは、溢れた涙が一筋流れていた。ふ。と空を見上げて目を閉じて、何かに堪えているかのような表情の美咲に、碓氷は何もできずにいた。
やがて美咲は、溜め息のような深呼吸をして涙を拭った。ゆっくりと振り返ると碓氷に向かって
「ありがとう…な…居て、聞いてくれて」
小さいがはっきりとした声でお礼を言う。微笑する美咲の笑顔が泣き顔のように見えて。碓氷は美咲を優しく抱き締めた。
「無理しなくていいよ」
碓氷の言葉に美咲は頭を振る。
「無理しているわけじゃない。多分、ようやく気持ちの整理ができたんだ」
完全に落ち着くのはまだ先だろうけどな、と続ける美咲の言葉と表情からはウソは見えなかった。
しばらくの間そのままでいた碓氷だったが、恥ずかしさのためか美咲が僅かに身動いだのに気が付くと、名残惜しそうにギュッと強く抱き締めてから腕を放した。
僅かに赤くなった頬を隠すように俯く美咲を見つめながら、何か含みのある目をして問い掛ける。
「鮎沢、進路決まった?」
いきなり何を言いだすんだ? と言いたげな表情を隠そうともせずに、一応は、と美咲は答える。
「――。一応、って? もう卒業なのに、鮎沢が決まっていないって…」
「だから! 一応は一応だっ。決まっていないわけじゃない。まだ…返事待ちのところがあるから…
そういうお前はどうなんだよ?!」
今度は怒りで頬を染める美咲を見て、碓氷はん〜俺はどーしよーかと思ってて〜と、のらりくらりと言葉を濁した。
「返事がきたら…どうなるの?」
「――…。どちらにしろ…私は、この街を出ることに…なる…」
言いにくそうに顔を背けながら言う美咲を、驚いた風に凝視する碓氷。そんな碓氷を見て
「…人のは聞いておきながら、自分のことは言わない、か…」
と、聞こえないくらい小さな声で呟く。しかしその声は碓氷に届いたようで、何か考えていたような碓氷が真剣な声で“聞きたい? なら、俺の質問に答えて”と美咲と視線を合わせて言った。
「前も聞いたけど…今度はちゃんと言葉で答えて?」
「? 何、を…?」
訝し気に聞き返す美咲が逃げないように両肩を掴むと、ゆっくり顔を近付けて瞳を覗き込む。
「鮎沢にとって…俺は、何?」
っ?!…な…っ、一瞬にして真っ赤になった美咲が答えられないでいると
「答えて? 鮎沢が望むなら、俺も覚悟を決める」
碓氷の声色から真剣さを感じた美咲は赤面したまま、それでも何か言おうと口を開閉させる。ようやく絞りだした声はとても小さかったが、お互いの頬が触れるくらい近づいた碓氷の耳に何とか届いた。
「…あ……とう…」
嬉しそうな、泣き出しそうな顔を見られないように、再び抱き締めた美咲の肩に顔を埋めた碓氷の声に、美咲は小さく頷いた。
「じゃあ今度は、約束どおり俺の話聞いて? ちょっと長くなるかもだけど…まだ時間は充分あるし、大丈夫だよね〜」
朝通った道を、今度は碓氷が話しながら戻っていく。やや浮かれているかのような愉し気な声の碓氷と、隣を歩く美咲。二人の手はしっかりと繋がれていた。
end.(2009.06.23)