Novel

□Furtive mind
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なおも真剣に自分を見詰める視線に、美咲は顔に熱が集中していくのを感じた。
恥ずかしさに俯いてしまいそうになるのをなんとか堪えていたが、碓氷の右手が頬を包んだ瞬間に反射的に瞳を閉じてしまう。
美咲はそれに気付くと誤魔化すかのように、通学鞄で隠すようにして机の上に置いていた紙袋の中から、慌ててチョコの包みをひとつ取り出した。
ぐいっとやや乱暴に押し付ける形で渡された包みを見て碓氷が瞳を見開く。

「なんだよ…欲しいんじゃなかったのか?」

固まったまま受け取ろうとしない碓氷にムッとした美咲が声を掛けると、のろのろと碓氷の手が動いた。
左手で包みを持ち右手で口許を覆う。

「…いや…、まさか手作りだとは…思わなかったから…」

呟く碓氷の顔が赤くなっているのが見え、今度は美咲が瞳を見開く。

「…え? お前気が付いていたんじゃないのか…?」

昨日だって…と続いた美咲の言葉に、碓氷は右手を広げて赤くなった顔を隠すようにして答えた。

「昨日は買いに行くんだと思ったんだよ。何日か前に花園さん達がチョコ売り場に行くとか話しているのを聞いていたから…」

主にさくらが選んだという、淡いピンク色の可愛らしい包装紙で施された、明らかに手作りと判るラッピング。
それを見詰める碓氷の視線は驚きと喜びに溢れている。
料理が苦手な美咲のこと、バレンタインのチョコをくれるとしても既製品だと思い込んでいた碓氷。
美咲が自分を想い、自分のために選んでくれた物であればそれだけで嬉しかったのだが、思いがけないサプライズに、碓氷は頬が弛むのを止められなかった。

「ありがとう鮎沢…」

「っ…ぉう…っ」

お互いに照れ合い、結局俯いてしまった美咲の視界に、包装を解いていく碓氷の手が映り込む。

「ちょっ…! お前学校で開けるなよっ!!」

美咲の抗議の声を無視して開けた包みの中身はチョコ味のマシュマロ。
ココアの含有量を変えた2層の生地の間には細かく砕いたチョコレートが挟んであった。
碓氷はスクエアにカットされたそれをひとつ摘むとひょいっと口に運ぶ。
柔らかいマシュマロ生地の間からチョコが溶けだし甘さが口内に広がった。
そして舌先に僅かに苦味を感じて、碓氷は美咲ににっこりと笑い掛ける。

「美味しいv これ、コーヒーが合うね♪」

「〜〜っだから学校で食べるなって!!」

無邪気と形容してもおかしくない笑顔を向けられ、火照りが治まりかけていた美咲の頬は再び温度を上げた。
甘いチョコレートの中に紛れ込ませたほんの少しの苦味。
作っている最中、どうしても気恥ずかしさが拭えなかった美咲は、甘くなり過ぎないようにとちょっとした反抗心でコーヒーを混ぜていた。
それを言い当てられて口惜しいやら恥ずかしいやらで、美咲は熱くなった顔を背けながらボソッと「碓氷のアホ」と返すのが精一杯の反応だった。

美咲は苦味が甘味を引き立てていたことに気付いてはいなかった。
美咲としては意趣返しのつもりだったのだろうが、逆の結果になっていたこと…そんなチョコが、まるで未だに素直になりきれない美咲そのもののようで、色々と堪らない碓氷の頬も熱を保ち続けていた。

上機嫌でふたつみっつと食べ続ける碓氷に向かって「だから食べるな!」と赤い顔のまま怒鳴り付けながら、美咲は碓氷の手からチョコを取り上げようとするのだが、碓氷は飄々と美咲の攻撃を躱してしまう。
そんな戯れ合うような攻防の最中に碓氷はあることに気が付いた。

「ねぇこれひとつ入れるには大き過ぎない? その袋」

碓氷が指したのは、チョコを取り出した際に机の上に倒れたままになっていた紙袋。
通学鞄とほぼ同じ位の大きさのそれは確かにひとつだけ入れるには大き過ぎた。
もしかして…という疑念を含ませた碓氷の台詞に、美咲はあっさりと答える。

「他の人の分も入っているからな」

「――誰にあげるの?」

美咲は途端に不機嫌になり声のトーンを落とした碓氷にギョッとして思わず身構えた。

「さくらとしず子と…あとさつきさん達に…世話になっているからお礼にと思って…」

碓氷の迫力に圧されて若干後退りながら答えた美咲の姿を見て、碓氷が次に発した声は幾分トーンが戻っていたがそれでもまだ冷ややかなものだった。

「間違っても他の男宛なんかはないよね?」

再度念押しする問い掛けに、美咲はただこくこくと頷く。
すると碓氷は暫らくの間思案気な表情をしていたが、ふぅーと大きく溜め息を吐いて美咲の袖をちょっと掴んだ。

「俺、ミサちゃんの手作りチョコが他の人に渡されるのヤダ」

先程までの凄んだオーラは一気に消え失せ、気に入らないとでも言いた気に口を歪ませて掴んだ袖をちょいちょいと引っ張る。
まるで子供のような駄々の捏ね方に、美咲は唖然として碓氷を見返した。

「だから……全部俺に頂戴?」

「なっ、だ、駄目だ!!」

「なんで?」

「なんでって…。さくらとしず子には交換するって約束したんだ! ちゃんと作れたのも2人のお陰だから渡したいし。さつきさん達のだってお礼なんだし…」

最初は勢いが良かったが、段々と小さくなっていく声に、碓氷は微苦笑を返す。

「……花園さんと加賀さんの分は我慢するよ…でもそれ以外はやっぱり厭だ」

“美咲の手作り”チョコを自分以外が手にすることが面白くない。
子供っぽい独占欲だと判っていても、碓氷はすべてを手に入れたかった。
それでも、2人のお陰で作れたなんて言われては退かざるを得ない。
だから交換条件を持ち掛けた。

「店長達の分は俺が用意するから、ミサちゃんのと交換しよ? それならいいでしょ?」

言われた美咲は眉間に皺を寄せつつも眉尻を下げ、困ったように碓氷を見上げる。
だがその赤くなった表情(かお)は、どこか喜んでいることを窺わせた。

他の子からは要らないと言い切り、美咲からのものを他の人に渡したくないと言う碓氷。
生徒会長としての美咲は、他の女子を思い遣って心を痛める。
しかしただの鮎沢美咲個人としては、碓氷が見せる独占欲を嬉しいと感じていた。
後ろめたさを覚えつつも、美咲にも碓氷の隣を誰にも渡したくはない気持ちがある。

「……判った…」

「ありがと…鮎沢」

こくん、と頷いて返事をしたあとそのまま僅かに俯いている美咲を、碓氷が優しく抱き寄せる。

「あ。2人の分我慢する代わりのご褒美も頂戴ねv」

愉し気に美咲の耳許で囁いた碓氷は、美咲の反論を封じるべく素早く唇を塞いだ。
ちゅっと小さなリップ音を鳴らしながらすぐに離れたキス。
しかしそのあとお互いの鼻先が触れ合うほどの近距離のまま見詰め合う。
そして2人して残りの距離を縮めていったあと、今度は長い時間重ねられた。

甘く繰り返された口付けという名のご褒美。
すっかり機嫌を良くした碓氷が、もうひとつ別のご褒美を貰ったことを知るのはもう少し先のこと。

後日碓氷は、最初に自分に渡された分の中にだけ、容器の底部に隠すようにして、少し歪なハート型の白いマシュマロがひとつだけ入っていることに気が付いた。
碓氷はそれを見た瞬間、誰も居ない自宅の部屋で独り、真っ赤になった顔を隠していたのだった。


end.(2011.02.11)
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