Novel

□Furtive mind
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今年のバレンタインデーは月曜日。
しかも11日が祝日なために三連休になる。
心に憎からず想う相手がいる場合、「折角時間があるんだからこの機会に…!」と、チョコを手作りする決心をする女子は多いに違いない。
それはここ、男子が8割を占める星華高校の女子にも当て嵌まることで、2月に入ってからの女子生徒達の話題の多くは手作りチョコレートのことだった。

恥ずかしそうに、それでも楽しそうに話す女子の姿を見るにつれ、普段は「校内お菓子持ち込み禁止」を説いている美咲も、この日ばかりは持ち込みを許可することにしていた。
ただし「校内での開封および食べることは禁止」という条件を付けて。
女子生徒達の気持ちを思い遣った上での決定ではあったが、実のところ男子からの要望が多かったりもした。

「貰えるかもしれない」という淡い希望を持っている男子達の訴えに、美咲は「そういう願いは女子に対する普段の態度を改めてからほざけっ」と怒鳴り付けたくなった。
しかしその数の多さに怒りを通り越して呆れ果てた気持ちになり、それを溜め息に替えて深く嘆息する。
だがその溜め息には、男子達への呆れだけではないものも含まれていた。
手作りチョコを張り切る女子の1人であるさくらから、一緒に作ろうと誘われていたのである。

美咲は碓氷と恋人という関係になった冬休み中に、さくらとしず子に碓氷との仲を話してあった。
嘘を吐くことが苦手、さらに、黙っていることで逆に相手に心配をかけてしまうことを識った美咲は、話せる範囲内で親友である2人に打ち明けた。
そしてせめて会長でいる間は学校では公にしたくないということを話し、2人には内緒にしていてくれるように頼んでもいた。
誰が聞いているか判らないから、校内でその手の話題を自分に振らないで欲しいとも。
2人は美咲の願いを了解し、約束を守ってくれた。
たまにさくらが口を滑らしそうになったこともあったが、そういう時はしず子が巧くフォローしてくれていて、美咲は素直に2人に感謝していた。
しかし、さくらが恋話が大好きで、この機会に色々と訊き出したいと思っているのが判るだけに、聞くのはともかく自分のことを話すのは未だに恥ずかしい美咲には、今回の申し出が気が進まないものなのは確か。
もちろん、料理が苦手ということも気が重い理由のひとつではあった。

再び溜め息を吐いた美咲は、板書を写す手を止めて窓の外に視線を移す。
晴れた青空にひとつだけ浮かんでいた雲を眺めやり、決心したように瞳を閉じるとみたび溜め息を吐いてから授業に意識を戻した。

しず子も居るし、さくらはお菓子作りが得意だから教えて貰えるようにすれば、あまり話さなくて済むかもしれない…という希望的な考えを持ちつつ、さくらに返事をしたのがバレンタインの1週間前。
バイトの時間を考慮しながら決めた日時は、前日の日曜日の午後になった。
それまでに必要な材料を買い出しに行こうという流れになったが、生徒会の仕事もあって美咲はなかなか時間がとれない。
そんな美咲に代わって買っておくと言ってくれた2人に甘えて、後日美咲は必要な材料を伝えた。
これで当日バイト先に嵩張る荷物を持っていかなくて済むことになり、正直なところ美咲はかなり安堵する。
自分がバレンタインにチョコを手作りするということを、出来るならあまり知られたくなかったからだ。
クリスマスに協力してくれた葵やさつきはもちろん他のメイド・ラテメンバーも、美咲と碓氷が付き合っていることを知っている。
だからと言って恥ずかしさが減る訳もなく、また、まだどこかで自分らしくないと考えてしまう美咲は、なにより皆の態度から碓氷本人に知られてしまうことを危惧していた。

そして日曜日。
早番のバイトを終えた美咲の目の前には、当然碓氷が美咲を送るために待っていた。
だがさくら達と予定があるからと伝えると、「それならせめて駅まで」という言葉どおりに碓氷は大人しく引き下がる。
なにも訊かずに微笑んで駅で見送る碓氷の態度に、気付かれているんだろうな…と思えば赤くなる自分の頬と、そんな碓氷を恨めしく思いながら美咲はさくらの家に向かった。

「いらっしゃい美咲♪ もう準備始めてるよ〜v」

笑顔で出迎えたさくらに案内されてキッチンに通される。
中央にあるテーブルの上には大小のボウルや計量カップ、トレイに泡立て器等が並べられて、すでにしず子が薄力粉を計っていた。

「美咲さんの分はそちらに置いてあります。メモにあったとおりに買いましたが…足りていますか?」

「バニラエッセンスとかは家にあるのを使っていいからね〜」

美咲はしず子の右側に用意された材料を見て暗記したレシピの内容を思い出し、念のためそのレシピを取り出して確認する。

「あぁちゃんとある。ありがとうな」

礼を言った美咲に続いて発せられた「それじゃあ作ろっか!」というさくらの言葉を合図にチョコ作りが始められた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

結論としてこの日、美咲が予想していたさくらからの質問攻めはなかった。
不思議に思った美咲が帰り際にポツリと零すと、途端にさくらは泣き顔に、しず子は不機嫌な顔に変わる。
理由を訊けば、しず子は未だに空我のことを認めてはおらず、ずっとさくらにお説教をしていたという。
それは、なにを作るか決めかねていた買い出しのときから繰り返されていたようで、さらには、そういう話が苦手な人に無遠慮に問い質すのは如何なものかとも言われた、と知らされる。
美咲はそれを聞いて漸く、最初は乗り気ではなかったしず子がチョコ作りに参加した理由に思い至った。
有り体に言って、さくらの見張りだったのだろう。
そのことをしず子に確かめると少し苦笑して肯定した。

「――とは言っても、お菓子作りはさくらさんの趣味ですし、作ること自体は反対ではありませんよ。渡す相手に反対しているだけですから」

「し、しず子ぉ〜〜」

またもや空我に対するお説教を始めそうなしず子を宥めて、自分を思い遣ってくれたことに改めて感謝の念を感じた美咲はそれを2人に伝える。
それに返ってきたのは照れたような優しい笑顔だった。

美咲は昨日のことを思い返しながら生徒会室の扉に手を掛ける。
意識が散漫なまま扉を開けた美咲は、誰も居ないはずの室内に人影を認めて思わず動きを止めた。
なぜか所定の位置になってしまった机に腰掛けている人物は、背中を向けていても誰なのかは一目瞭然。
美咲はスピードを上げ始めた心臓を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をしてから扉を閉めた。

「―…珍しいな、お前がこんなに朝早く登校しているなんて」

美咲は先週やり残してしまった書類を片付けるために、朝の風紀チェックにはまだ大分早い時間に登校した。
だから誰か居るとは思っていなかったし、居たのが碓氷だったということに驚いた。
心臓が煩いのはそのせいだ、と美咲は自分に言い聞かせる。

「先週、対策するのを忘れてたから…ね」

「対策?」

うん。と振り向きながら答えた碓氷は、下駄箱に鍵を付けたこと、机の中を教科書だらけにして隙間をなくしたこと、さらに机の上に【勝手に置かれたものは即焼却炉行き】と書いた貼り紙をしたことを話した。

「なんでそんなこと…」

美咲とて薄々その理由に気付いてはいたが、碓氷に渡すと言っていた女子生徒達のことを思えば、なぜと問い返す言葉が口をついて出てしまう。
碓氷も美咲の会長としての思考を理解しているのか、微かな苦笑を洩らしながら美咲に近づく。

「鮎沢から以外は要らないから」

美咲の正面に立ちきっぱりとした口調で言い切った碓氷の台詞に、美咲は口をつぐんだ。

「……くれるよね?」

「〜〜〜…っ」


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