Novel

□左義長のあとに
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1月14日午後6時半。
バイトを終えた美咲が裏口の扉を開けると、そこには今日は客として来ていた碓氷が既に待っていた。

「お疲れさま」

「…おぅ」

凭れていた壁から離れ、ゆっくりとした足取りで美咲に近付いた碓氷は、持とうか? と問い掛けながら美咲が持っていたビニール袋を受け取ろうとする。

「また店長からのお裾分け?」

「いやこれは違う。お前も一緒に行くか?」

「?」

碓氷の申し出を断り、美咲は歩き出しながら先程さつきに頼まれたことを説明した。

     ◇ ◇ ◇

「お疲れさまミサちゃんv 終わったところで悪いんだけれど、ちょっとお願いしたいことがあるの。…いいかしら?」

「なんですか?」

小首を傾げながら申し訳なさそうに言ってくるさつきに、美咲は着替えの手を止めて聞き返す。

「商店街を抜けた先にある神社で今日、どんど焼きをやっているの。だから帰りにこれを持って行って欲しいのだけれど…」

さつきは言いながら、この間までメイド・ラテの店内で飾っていた正月飾りが入ったビニール袋を美咲の目の前に持ち上げた。

「やっている時間帯に仕事が終わるのが、ミサちゃんしかいないものだから…。……いいかしら?」

「それくらい大丈夫ですよ。手間が掛かる訳でもありませんし、むしろ喜んで行ってきます」

恐縮しきりのさつきに向かって、安心させるようににっこりと笑って返答した美咲に、さつきも笑顔を見せる。

「そう言ってもらえると助かるわ…ありがとうv それじゃあお願いね♪」

     ◇ ◇ ◇

「余り大きくはないが稲荷神社だからな。商売繁盛ってことでこの辺りの商店街も協力していて、毎年人出も多くて賑わうらしいぞ」

さつきから聞いたばかりの情報を愉し気に話す美咲に対して、碓氷は何か考え込んでいる様子だった。
そんな碓氷に気付いた美咲は「どうかしたか?」と下から覗き込むようにして訊くが、碓氷は美咲と視線を合わせることなく、まだ考えつつ返事を口にする。

「いや…。言葉は聞いたことがあるけれど、見るって言うか行くのは初めてだなって思って…。正月飾りとかを焼くんだよね?」

「あ、あぁ…」

碓氷の台詞に、かつて聞いた彼の生い立ちを思い出した美咲は、とっさに返事をすることが出来なかった。

所謂“英才教育”を受けつつも隠されて育てられた碓氷は、知識はあれど未経験のことが多い。
クリスマスの時の遊園地然り、その前のカラオケ然り。
はっきりと訊いた訳ではないが、初詣…二年詣りに行くのも年賀状を書くのも初めてだったのだと判る。
いくらなんでも上流階級における常識的なことは体験しているだろうが、普通の…本当に普通の人が当たり前のようにしてきた些細なことを、隣を歩く男は知らずに過ごしてきていたというその事実に、美咲はなんとも言えない苦しさを感じた。
美咲はその苦しさを振り払うように、若干の戸惑いを覚えながらも繋いでいた手に力を籠める。

「さっ寒いし早く行くぞ…っ」

碓氷は美咲に視線を向け、その頬が寒さからだけではない理由で赤くなっていることを確認すると片頬を上げた。
ぎゅっ、と美咲が籠めた以上の力で握り返してその手を引っ張り、半歩分近付いた美咲の耳許に唇を寄せる。

「寒いなら、俺が温めてあげようか…?」

ニヤニヤと意地悪く笑う碓氷に今度は怒りで赤くなった美咲が殴り掛かり、それを避けた碓氷がまた美咲をからかう。
一見バカップルの戯れ合いとしか見られないやり取りを繰り広げながら、2人は足早に目的地に向かっていった。

到着した神社では、小さいながらも竹で櫓が組まれ既にその中でいくつもの松飾りや注連縄、書き初めなどが燃やされていた。
近隣から集まってきているのだろう人々が、広いとは言い難い境内に犇(ひし)めき合っている。
いくつか屋台なんかも並んでいて、さつきの言ったとおり確かに賑わいを見せていた。

人の流れに沿って火の前まで辿り着いた美咲と碓氷は、手分けして持ってきた飾りを炎の中に投入していく。
揺らめく焔を見つめながら「そう言えば…」と美咲がぽつりと呟いた。

「神社でやっているのに来るのは、私も初めてだな…」

「そうなの?」

「ああ。家の方では町内会の子供の行事って感じで、子供が集まって小学校の校庭の一角でやっているんだ」

小学生の頃、15日の早朝に自宅や近所の家の正月飾りを集めて持って行ったとか。
この火で焼いた餅を食べると1年間病気知らずになるからと、持ち寄った餅が焼き上がるのを寒さを誤魔化すように友達とはしゃぎながら待っていたりとか。
町内会の人が用意してくれたお汁粉がとても美味しく、冷えた身体が温まったとか。
懐かしそうに微笑みながら話す美咲の横顔を碓氷は黙って見つめていた。

「さすがにここでは餅を焼いてはいないみたいだな」

美咲がキョロキョロと辺りを見渡して言うと碓氷がある1点を指差した。

「あれそうじゃない?」

碓氷が指し示した場所は、美咲からは丁度反対側になっていて死角になっていたらしく、美咲は隣の碓氷の腕を掴んで押し退けるようにして首を伸ばす。
そこでは篠竹に餅を刺したものを持った人が数人いて、焼けた餅を配っていた。

不意に密着した美咲の行動に、碓氷の口許が弛む。
しかし美咲はそんなことには気が付かずに、「貰いに行こう」と掴んだ碓氷の腕を引っ張って歩き出した。

「ねぇ、ミサちゃん家の方のって違う町内の人が行っても大丈夫?」

人混みから少し離れた場所に移動して、貰った餅を頬張りながら碓氷が問い掛ける。

「ん? 平気だけれど…なんでだ?」

「明日休みだし…一緒に行かない? お餅持ってさ。そのお餅でお汁粉作ってあげるv」

にこっと笑って「思い出のものよりもっと美味しいのをね♪」と続けた碓氷の言葉に、美咲は思わず吹き出した。

「なに対抗心を燃やしているんだよ。言っとくけれど朝早いぞ? 起きられるのか?」

クスクスと笑いつつも翌日の約束を了承する美咲に「起きられなかったらミサちゃんにモーニングコールして貰う♪」と、碓氷も愉し気に返す。
モーニングコールなんてしない・してと言い合いながらも、美咲と碓氷は再び手を繋いで帰路についた。

年の始めに迎えた歳徳神を焚きあげて見送ると正月が終わる。そしていつもの日常が戻ってくる。
軽口を叩きつつも隣に並び、2人一緒に居ることが当たり前の日常に――


end.(2011.01.21)

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