Novel

□ただ一度だけ会いたくて
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「ここのところ向こうも躍起になってるみたいでさ…」

恐れている台詞が出てくるのかと瞳を揺らした美咲を、碓氷は言葉を途切らせてじっと見つめた。そしてニヤリと笑うと身体ごと美咲に向き直る。

「鮎沢。俺を攫ってみない?」

「……。はぁっ?!」

思いも掛けないことを言われて、美咲の思考が停止する。
碓氷はなおもニヤニヤと笑いながら美咲の肩に手をかけて、美咲の身体も自分に向くようにした。

「政略結婚とかさ〜そんな話が出てきそうな雰囲気なんだよね〜。だから先手を打って入籍とかしちゃったらどうかな〜とか思うんだけど」

どう? と問い掛けてくる碓氷に、頭が真っ白になった美咲はまだ答えが返せない。
言葉もなく、ただ目を見開いて自分を見つめてくる美咲に向かって、碓氷はひとつ苦笑を漏らした。

「―…鮎沢が、義兄に初めて会ったあの日に言ってくれようとした言葉。鮎沢の気持ちがあの時と同じなら…続きを聞かせて欲しい」

「……あの時と…同じじゃ…ない…」

俯いて碓氷の視線から逃れた美咲がようやく言葉を発した。同時に美咲の両手の中で、飲み終えたコーヒーの紙カップがくしゃりと潰れる。
美咲の返事を聞いた碓氷は、伏せられた美咲の顔を見て無理もないと思っていた。
自分の想いが変わることなどないと自負していたが、相手も同じだとは限らない。
美咲の心が離れてしまっても仕方がないと思えるくらいには時間が流れたし、状況も変わったのだ…と、碓氷はどこか冷静に受け止めていた。
美咲が抱えていた不安は碓氷も持ち続けていたものでもあった。だから、美咲の返事は想定内でもあったのだ。
しかし碓氷には美咲を手離す気など1ミリもない。
かつて美咲に言ったように、何度だって自分のことを好きにならせてみせる、と改めて決意したその時美咲が再び口を開いた。

「同じなんかじゃない……あの時より、もっと……っ」

俯いていた顔を上げて真っ直ぐに碓氷を見返した美咲の、その言葉の続きは音にならないものだったが、赤くなり過ぎた表情で一目瞭然だった。
それでも碓氷は言葉で聴きたかった。
ずっと待ち望んでいた美咲からの言葉を。

「―…聴かせて。ちゃんと」

碓氷は込み上げてくるものを抑えるように、また、どんな小さな声でも聞こえるように、美咲を引き寄せ腕の中に閉じ込める。

「っ…好きだよ!! 今でも…っ」

「俺もずっと…鮎沢のこと想ってたよ」

半ば自棄になったかのように言い放った美咲の告白に被さって、碓氷も自分の気持ちを伝えた。
赤くなっている顔を見られまいとして碓氷の胸元に押し付けていた美咲の頬に、碓氷の掌が添えられてゆっくりと上を向かされる。
見上げた視線の先、近づいてくる相手の顔に惹かれるように美咲からも近づき、互いの唇が重なった。
離れていた数年間の隙間を埋めるように繰り返され続ける口付けに、美咲は呼吸が苦しくなり弱々しく碓氷の胸元を叩く。
ようやく離れた碓氷は、名残惜しそうに美咲の顔中に唇を滑らせた。

「全然、足りない…」

碓氷はそう呟くと、まだ呼吸が整わないでいる美咲の口を再び塞ぐ。
先程よりは短いがそれでも充分に長いキスに美咲は身体の力が抜け、瞳には涙を浮かべ始めていた。

「どうしよう…。ずっと鮎沢不足だったから…止まんないや」

「っお前はっ私を窒息死させるつもりか!!」

さらに口付けようとしてくる碓氷を何とか押し留めた美咲が怒鳴りつける。
碓氷は笑って「これくらいじゃ死なないよ」と言いながらも、今度は美咲を抱き締めるだけに留めた。

「本当、鮎沢に逢いたくて堪らなかった…。でも監視の目が厳しくて抜け出すことはできなかったから、せめて気持ちだけでも伝えられたらって…隙を見て、」

「――毎月、あれを送ってきてたのか?」

実は、碓氷が姿を消した翌月から毎月1回、美咲宛に差出人名のない郵便物が届くようになっていた。
それは今回のようにポストカードだったり、数枚、時には十数枚にもなる写真が同封されていた封書だったりした。
そのどれもが月下美人を写したもので。
正直、最初に届いたなんのメッセージも記されていないポストカードは、どこのダイレクトメールかと思ったほどだ。
その時は確信があった訳じゃない。
それでもなんとなく捨てることができなかった美咲は、今まで届いたものは全て大事に保管していた。
そして数日前に届いた葉書で、やっぱり碓氷からのものだったのだと安堵していた。

「どういう意味だったんだ? あれ」

「ここで一緒に月下美人を見たあとに知ったんだけどさ。9月29日、つまり今日の誕生花なんだって。そして花言葉がね…」

――ただ一度だけ会いたくて――

一旦言葉を切った碓氷は、美咲の耳許で囁くように告白する。

「たとえ鮎沢の気持ちが変わって俺のことを忘れてしまっていても…ずっと…一目でもいいから逢いたかった…」

「アホ碓氷…恥ずかしいこと言うな!」

「ひどーい。本心なのにー」

わざと瞳を潤ませて拗ねたように反論する碓氷の頭を、美咲は「冗談にしか見えんっ」と言いながらぺしりと叩いた。
碓氷はその美咲の手を捕らえると、指を絡めて繋ぐ。

「鮎沢の気持ちも聞けたし…反撃開始といきますか。くれぐれも足手まといにはならないでよね、鮎沢v」

「相変わらずムカつく奴だな、お前はっ! 誰に向かって言ってるんだよっ?!」

笑いながら応酬する姿は昔と変わらない。
それでもあの時よりはコドモではなくなった2人は、この先に立ちはだかるものに共に挑んでいく決意を込めて、互いに強く手を握り締め合った。
そんな2人を応援するかのように、周りの蕾がひとつ、またひとつと綻び始めていた。


end.


(そう言えばさ、)
(ん?)
(遅くなったけれど…誕生日おめでとう)
(あぁ。…ありがとう…)
(プレゼント用意できなくてごめん)
(いいよ別に。…また逢えたことが…その…なによりのプレゼントだし…)
(っあぁもぅっ、襲っていい?!)
(いいわけあるかっこの変態宇宙人っ!!)


(2010.09.30)
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